*
夢を見ていた。
思い出していた、といったほうが正しいかもしれない。泣きはらした目をそのままにベッドの上、母親のお腹の中で丸まる赤ん坊のような姿勢で半ば放心していた私は、ゆっくりと重たいまぶたを持ち上げた。
夢なのか、現実の思考なのか、わからない。
でも、そんなことはどうでもいい。
そう思えるほどの幸せな感情が私をふんわりと包み込んだ。
あれは、忘れもしない、君との思い出。
「なぁ、かすみ」
放課後の誰も居ない静かな教室で、凌が私を呼んだ。
当番日誌を書いていた私は、手を止めずに、「ん?」と生返事をする。
高校の入学式を数週間前に済ませたばかりの私たちは、真新しい制服に身を包んで、チョークの匂いが漂う教室の中で向かい合って座っていた。
「俺と付き合って」
さらりと告げられた言葉。
その意味を理解するのに少し時間がかかった私は、日誌の文字を見ていた視線を凌へと移動させる。
そうすれば、奥二重の切れ長の目が私を真っすぐ見つめていた。
「かすみが好きた」
凌が言う。
「俺の彼女になって。お前のこと、誰かに取られんのいやだ」
私が誰に取られるというのだろう。
もしも誰かに奪われるのなら、凌以外考えられないと思っていたのに。
ずっと、片思いだと思っていた。
凌は、マンションの部屋が隣同士という典型的な幼馴染。
住んでいる学区が同じだから保育園から小学校、中学校まで同じ、そして偶然にも高校まで同じという、いわゆる腐れ縁というやつ。
そんな凌を異性として意識したのは、中学にあがってからだったと思う。
クラスメイトと好きな人の話になった時、私の頭には凌以外浮かんでこなかった。
でも、当の凌はといえば、子どもの頃から変わらない態度で女の子扱いされたことだってなくて、口を開けば「妹みたいなもん」が決まり文句。
意識してるのが自分だけなんて悔しくて、私も周りからからかわれる度に「弟にしか見えない」なんて言っていた。
だから、なんの前触れもなくこんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
まさか初恋が実るなんて。
「ちょっと…、ごめ、」
信じられない展開に、頭が追いつかない。
心臓がこれでもかってくらい早鐘を打ってうるさい。
鎮まれ私の心臓。
ぽき、とシャープペンシルの芯が音を立てる。
知らず知らずのうちに体に力が入っていたみたい。
どうしよう、嬉しすぎる。
でも、それと同じくらいの恥ずかしさがこみ上げてきて、思わず目をそらしてしまう。
「ごめんって…、ダメってこと…?」
「あ」
逸らした視線の先、見えた凌の手は少し震えていた。
「ちが、うの…。その、びっくりして。だって、急に言われたら、驚くじゃん、誰だって」
しどろもどろに言葉を紡ぐけれど、的を得ない返事に我ながら可愛くないと思う。
こんなことが言いたいんじゃないの。
私だって、凌に伝えたいこと、あるよ。
「だから、つまり…、私も、凌のこと、スキ」
見上げた先、嬉しそうな凌と目が合う。
私たちは、どちらからともなく、引き寄せられるように初めての口づけを交わしたのだった。
夢を見ていた。
思い出していた、といったほうが正しいかもしれない。泣きはらした目をそのままにベッドの上、母親のお腹の中で丸まる赤ん坊のような姿勢で半ば放心していた私は、ゆっくりと重たいまぶたを持ち上げた。
夢なのか、現実の思考なのか、わからない。
でも、そんなことはどうでもいい。
そう思えるほどの幸せな感情が私をふんわりと包み込んだ。
あれは、忘れもしない、君との思い出。
「なぁ、かすみ」
放課後の誰も居ない静かな教室で、凌が私を呼んだ。
当番日誌を書いていた私は、手を止めずに、「ん?」と生返事をする。
高校の入学式を数週間前に済ませたばかりの私たちは、真新しい制服に身を包んで、チョークの匂いが漂う教室の中で向かい合って座っていた。
「俺と付き合って」
さらりと告げられた言葉。
その意味を理解するのに少し時間がかかった私は、日誌の文字を見ていた視線を凌へと移動させる。
そうすれば、奥二重の切れ長の目が私を真っすぐ見つめていた。
「かすみが好きた」
凌が言う。
「俺の彼女になって。お前のこと、誰かに取られんのいやだ」
私が誰に取られるというのだろう。
もしも誰かに奪われるのなら、凌以外考えられないと思っていたのに。
ずっと、片思いだと思っていた。
凌は、マンションの部屋が隣同士という典型的な幼馴染。
住んでいる学区が同じだから保育園から小学校、中学校まで同じ、そして偶然にも高校まで同じという、いわゆる腐れ縁というやつ。
そんな凌を異性として意識したのは、中学にあがってからだったと思う。
クラスメイトと好きな人の話になった時、私の頭には凌以外浮かんでこなかった。
でも、当の凌はといえば、子どもの頃から変わらない態度で女の子扱いされたことだってなくて、口を開けば「妹みたいなもん」が決まり文句。
意識してるのが自分だけなんて悔しくて、私も周りからからかわれる度に「弟にしか見えない」なんて言っていた。
だから、なんの前触れもなくこんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
まさか初恋が実るなんて。
「ちょっと…、ごめ、」
信じられない展開に、頭が追いつかない。
心臓がこれでもかってくらい早鐘を打ってうるさい。
鎮まれ私の心臓。
ぽき、とシャープペンシルの芯が音を立てる。
知らず知らずのうちに体に力が入っていたみたい。
どうしよう、嬉しすぎる。
でも、それと同じくらいの恥ずかしさがこみ上げてきて、思わず目をそらしてしまう。
「ごめんって…、ダメってこと…?」
「あ」
逸らした視線の先、見えた凌の手は少し震えていた。
「ちが、うの…。その、びっくりして。だって、急に言われたら、驚くじゃん、誰だって」
しどろもどろに言葉を紡ぐけれど、的を得ない返事に我ながら可愛くないと思う。
こんなことが言いたいんじゃないの。
私だって、凌に伝えたいこと、あるよ。
「だから、つまり…、私も、凌のこと、スキ」
見上げた先、嬉しそうな凌と目が合う。
私たちは、どちらからともなく、引き寄せられるように初めての口づけを交わしたのだった。