家に帰ることが辛いと思う日が来るなんて思いもしなかった。この家に居ると、どうしたって思い出す。つい二週間前まで、母さんは俺たち家族を太陽みたいに照らしていてくれたことを。
息を吸うと、未だに残っている母さんの匂いが鼻腔をかすめる。その度に込み上げる感情が、どこに向けていいのかすら分からない怒りと悲しみが、滴となって、頬を伝う。
だから、あの日以來家に居る時は部屋に籠もり、ただぼぅっと海外ドラマをみるようにしていた。無心で物語の中に入り込めば、何も考えずに済むから。
いつものようにテレビに向けて視線を置き続けていると、ベッド脇に置いていた携帯が振動した。
身体を伸ばし手にした携帯に指を滑らせた。
画面には『新着メッセージが1件あります。』と表示されており、右手の親指で弾くと、それは美空からのものだった。
『また一緒に桜を見に行きたい!』
画面に浮かぶ文面をみただけで、その時の記憶が頭の中で鮮明に流れた。
その日は、俺と美空の家からちょうど中間に位置する公園に夜桜を見に行くことになった。辺り一面は夜で真っ暗なのに、桜はまるでひかり輝いているようにすらみえた。母さんから聞いた花あかりという言葉の意味を美空に教えてあげると、「花あかりか…。なんか可愛くて綺麗な言葉だね。」と夜を照らす程の眩い笑顔を浮かべた。
確か、その日は二人で過ごす時間があまりにも楽しくて少しばかり帰りが遅くなってしまい、お互い両親に怒られたことを覚えてる。
美空と過ごす時間が好きだった。
俺は、美空と一緒にいる時が一番自分でいられる。二人で作り出す空気感に包まれていることが、何よりも特別で幸せに感じられた。
でも、今は何故かそんな美空と過ごす時間を遠ざけようとしてしまう自分がいる。美空への好きな気持ちは何一つ変わらないはずなのに、優しさを素直に受け取ることが出来なかった。
美空には、何もかもを見透かされているような気がした。無理して笑顔を作っていることも、話しを合わせていることも、何もかもを。
あの悲哀に満ちた目を向けられる度に、そんな目で俺をみるな、俺の悲しみの何が分かるっていうんだという、ある種腹立たしさのようなものが込み上げてきた。
独りよがりな気持ちだということは分かっている。自分勝手だということも。
それでも、今の俺には美空と向き合う余裕が無かった。
『ごめん…。今はそんな気分になれない』
その気持ちが指を動かし、美空からのLINEには翌朝返事を返した。
一度離れ始めた関係は、日を追うごとにどんどん遠ざかり、いつしか美空と学校で目を合わすことすら無くなった。
そんな時だった。
六限のチャイムが鳴り帰り支度をしている時、美空に唐突に声を掛けられたのは。
「ねぇ鮎人、話しがあるの。」
気のせいかもしれないが、美空の目は少しばかり潤んでいるようにみえた。
息を吸うと、未だに残っている母さんの匂いが鼻腔をかすめる。その度に込み上げる感情が、どこに向けていいのかすら分からない怒りと悲しみが、滴となって、頬を伝う。
だから、あの日以來家に居る時は部屋に籠もり、ただぼぅっと海外ドラマをみるようにしていた。無心で物語の中に入り込めば、何も考えずに済むから。
いつものようにテレビに向けて視線を置き続けていると、ベッド脇に置いていた携帯が振動した。
身体を伸ばし手にした携帯に指を滑らせた。
画面には『新着メッセージが1件あります。』と表示されており、右手の親指で弾くと、それは美空からのものだった。
『また一緒に桜を見に行きたい!』
画面に浮かぶ文面をみただけで、その時の記憶が頭の中で鮮明に流れた。
その日は、俺と美空の家からちょうど中間に位置する公園に夜桜を見に行くことになった。辺り一面は夜で真っ暗なのに、桜はまるでひかり輝いているようにすらみえた。母さんから聞いた花あかりという言葉の意味を美空に教えてあげると、「花あかりか…。なんか可愛くて綺麗な言葉だね。」と夜を照らす程の眩い笑顔を浮かべた。
確か、その日は二人で過ごす時間があまりにも楽しくて少しばかり帰りが遅くなってしまい、お互い両親に怒られたことを覚えてる。
美空と過ごす時間が好きだった。
俺は、美空と一緒にいる時が一番自分でいられる。二人で作り出す空気感に包まれていることが、何よりも特別で幸せに感じられた。
でも、今は何故かそんな美空と過ごす時間を遠ざけようとしてしまう自分がいる。美空への好きな気持ちは何一つ変わらないはずなのに、優しさを素直に受け取ることが出来なかった。
美空には、何もかもを見透かされているような気がした。無理して笑顔を作っていることも、話しを合わせていることも、何もかもを。
あの悲哀に満ちた目を向けられる度に、そんな目で俺をみるな、俺の悲しみの何が分かるっていうんだという、ある種腹立たしさのようなものが込み上げてきた。
独りよがりな気持ちだということは分かっている。自分勝手だということも。
それでも、今の俺には美空と向き合う余裕が無かった。
『ごめん…。今はそんな気分になれない』
その気持ちが指を動かし、美空からのLINEには翌朝返事を返した。
一度離れ始めた関係は、日を追うごとにどんどん遠ざかり、いつしか美空と学校で目を合わすことすら無くなった。
そんな時だった。
六限のチャイムが鳴り帰り支度をしている時、美空に唐突に声を掛けられたのは。
「ねぇ鮎人、話しがあるの。」
気のせいかもしれないが、美空の目は少しばかり潤んでいるようにみえた。