茜色に染まる空の下、私はひとり歩いていた。
穂香とは帰る方向が違うので、駅前の交差点で別れた。私が一歩足を前に進める度に、斜め後ろに生まれた私の影が跳ねるようにして、同じ分だけ動いている。
今までは学校からの帰り道も行きしの道も、隣には鮎人がいた。ずっと傍にいてくれた。
でも、この二週間は私はずっと一人だ。
顔を上げると、視界に広がる空は息を呑むほどに美しく、「空……綺麗。」と思わずぽつりと呟いていた。
何故か、途端に、涙が溢れた。
私にはもう、鮎人が何を考えているのか分からなくなっていた。
付き合って一年も経てば、鮎人が今なにを考えているのか、他の人よりは分かるようになったつもりでいた。いや、分かろうとしていた。
一緒に話している時も、デートをしている時も、LINEをしている時も、そして鮎人と連絡を取っていない時間だって、常に鮎人はどんな気持ちなんだろうと胸の中に秘めた気持ちに手を伸ばそうとしてきた。
でも、それが今は全く分からない。
ねぇ鮎人、辛いのは分かるよ。
悲しいのも分かるよ。
私はどうしたらいいの?
どうしたら前みたいに私に笑ってくれるの?
私はもう、鮎人が分からないよ。
心の中でもやもやとした気持ちを、ぽつりぽつりと呟く度に、両目の淵から溢れた涙が頬を伝った。そして、夕陽にうっすらと染められた地面に向けて落ちていくと、弾けて散った。ただ虚しく地面をしめらせて。
家に帰るまで、涙が止まることはなかった。制服の袖で何度も涙を拭い、ひとり声を殺して泣いた。
ようやく気持ちが落ち着いたのは、母と夕御飯を食べ終わった頃だった。母にはいつも助けられている。陽だまりのような笑顔を浮かべ、私の悩みを、悲しみを、ただ黙って話を聞いたあと、そっと小包に包んで渡してくれたかのような優しい言葉で癒やしてくれる。ほんの少しだけ心が和らいだ気がした。
私は「聞いてくれてありがとう。」と母に感謝の意を伝えたあと、自分の部屋へと向かった。夜の帳は既に降りていて、窓の向こうでは闇が溶けていた。
純白のシーツに包まれたベッドに横になり、いつものように携帯に指を滑らせる。
なんとなく、昔の写真がみたくなった。
データフォルダには穂香や友達と撮った写真やプリクラも勿論沢山あるが、大半は鮎人との写真だった。
鮎人のお母さんが天国へと旅立つまでの私達は、事あるごとに写真を撮ることにしていた。学校でも、ふとした瞬間に二人でカメラに笑顔を向けた。二人でカフェや水族館に行った時だって、カラオケに行った時だって、そして二人で桜を見に行った時だって、いつもその瞬間の幸せを切り取るようにして写真に残した。
「あはは、この時の鮎人の顔ほんと面白い。」
携帯の画面に表示された写真は、辺り一面に闇が満ちる中、ピンク色の花がひかり輝いているようにすらみえる程に咲き乱れる桜を背景に、二人で撮った写真だ。
公園に咲く満開の桜は、うっすらと明るく灯る街灯よりも輝いてみえた。この時は二人で夜桜を見に行こうと、家の近くにある公園に繰り出したものの、街灯と桜以外は闇が満ちていた為に、フラッシュを焚いたのだ。鮎人はその際にカメラのライトに目が眩み、二人で映るこの写真の鮎人は眉間に皺を寄せて目を瞑ってしまっていた。
__満開の桜が夜になると、こんな風に周りを明るく染めてるようにみえることを花あかりっていうらしいよ。母さんに教えて貰ったんだ。
写真をみつめていると、ふと鮎人の声が頭に流れた。
「花あかりか…」
私たちなら大丈夫。
きっとすぐに、また前みたいな関係に戻れる。
私はぽつりと呟いたあと、自分に言い聞かせるようにして、何度も心の中で唱えた。
そうしている内に、ふっと思い立ち鮎人にLINEを送った。
『また一緒に桜を見に行きたい!』と。
穂香とは帰る方向が違うので、駅前の交差点で別れた。私が一歩足を前に進める度に、斜め後ろに生まれた私の影が跳ねるようにして、同じ分だけ動いている。
今までは学校からの帰り道も行きしの道も、隣には鮎人がいた。ずっと傍にいてくれた。
でも、この二週間は私はずっと一人だ。
顔を上げると、視界に広がる空は息を呑むほどに美しく、「空……綺麗。」と思わずぽつりと呟いていた。
何故か、途端に、涙が溢れた。
私にはもう、鮎人が何を考えているのか分からなくなっていた。
付き合って一年も経てば、鮎人が今なにを考えているのか、他の人よりは分かるようになったつもりでいた。いや、分かろうとしていた。
一緒に話している時も、デートをしている時も、LINEをしている時も、そして鮎人と連絡を取っていない時間だって、常に鮎人はどんな気持ちなんだろうと胸の中に秘めた気持ちに手を伸ばそうとしてきた。
でも、それが今は全く分からない。
ねぇ鮎人、辛いのは分かるよ。
悲しいのも分かるよ。
私はどうしたらいいの?
どうしたら前みたいに私に笑ってくれるの?
私はもう、鮎人が分からないよ。
心の中でもやもやとした気持ちを、ぽつりぽつりと呟く度に、両目の淵から溢れた涙が頬を伝った。そして、夕陽にうっすらと染められた地面に向けて落ちていくと、弾けて散った。ただ虚しく地面をしめらせて。
家に帰るまで、涙が止まることはなかった。制服の袖で何度も涙を拭い、ひとり声を殺して泣いた。
ようやく気持ちが落ち着いたのは、母と夕御飯を食べ終わった頃だった。母にはいつも助けられている。陽だまりのような笑顔を浮かべ、私の悩みを、悲しみを、ただ黙って話を聞いたあと、そっと小包に包んで渡してくれたかのような優しい言葉で癒やしてくれる。ほんの少しだけ心が和らいだ気がした。
私は「聞いてくれてありがとう。」と母に感謝の意を伝えたあと、自分の部屋へと向かった。夜の帳は既に降りていて、窓の向こうでは闇が溶けていた。
純白のシーツに包まれたベッドに横になり、いつものように携帯に指を滑らせる。
なんとなく、昔の写真がみたくなった。
データフォルダには穂香や友達と撮った写真やプリクラも勿論沢山あるが、大半は鮎人との写真だった。
鮎人のお母さんが天国へと旅立つまでの私達は、事あるごとに写真を撮ることにしていた。学校でも、ふとした瞬間に二人でカメラに笑顔を向けた。二人でカフェや水族館に行った時だって、カラオケに行った時だって、そして二人で桜を見に行った時だって、いつもその瞬間の幸せを切り取るようにして写真に残した。
「あはは、この時の鮎人の顔ほんと面白い。」
携帯の画面に表示された写真は、辺り一面に闇が満ちる中、ピンク色の花がひかり輝いているようにすらみえる程に咲き乱れる桜を背景に、二人で撮った写真だ。
公園に咲く満開の桜は、うっすらと明るく灯る街灯よりも輝いてみえた。この時は二人で夜桜を見に行こうと、家の近くにある公園に繰り出したものの、街灯と桜以外は闇が満ちていた為に、フラッシュを焚いたのだ。鮎人はその際にカメラのライトに目が眩み、二人で映るこの写真の鮎人は眉間に皺を寄せて目を瞑ってしまっていた。
__満開の桜が夜になると、こんな風に周りを明るく染めてるようにみえることを花あかりっていうらしいよ。母さんに教えて貰ったんだ。
写真をみつめていると、ふと鮎人の声が頭に流れた。
「花あかりか…」
私たちなら大丈夫。
きっとすぐに、また前みたいな関係に戻れる。
私はぽつりと呟いたあと、自分に言い聞かせるようにして、何度も心の中で唱えた。
そうしている内に、ふっと思い立ち鮎人にLINEを送った。
『また一緒に桜を見に行きたい!』と。