ひらりと舞う花びらが、踊るように風に乗って、窓の向こうを横切った。

 窓辺に向けた視線の先に広がる空は、鉛色の分厚い雲に覆われている。朝に落とされた闇に彩りを加えるように、ほのかにピンク色に染まった花びらが空を舞う。

 今日の空模様はまるで私の心を表すかのようだった。

 「美空(みそら)!何ぼぅっとしてんの?」

 机の上に頬杖をつき、窓辺に視線を置いていた私は、突然両肩を掴まれたことで思わず身体を仰け反らせてしまいそうになる。同時に、空に向けて投げていた意識がふっと舞い戻り、途端に賑やかな声が鼓膜に触れた。まだ、朝のホームルームは始まっていないようだ。

 「ちょっと…。穂香(ほのか)、いきなり肩掴むのやめてよ!びっくりするじゃん。」

 振り向きざまに私がそう言うと、穂香はへらっと笑う。乱れなく後ろで括られた髪の毛は茶色に染まっており、大きな目が特徴的な彼女は私の親友だ。

 「ごめんごめん。あれ、今日は鮎人と一緒じゃなかったの?」

 穂香の何気ない言葉が、再び私の心に影を落とす。今日は朝からずっとこんな調子だった。晴れ間が差したかと思えば、すぐに心の中は陰り始める。

 私は、鮎人が心配で心配で仕方なかった。

 鮎人は、付き合って一年になる私の彼氏だ。人懐っこく、誰に対しても分け隔てなく優しく接する鮎人のことが、笑うと半月型の目がなくなる程に目尻を下げる鮎人のことが私は大好きだ。

 高校一年の夏前に鮎人から告白されたが、私は初めて教室で姿をみた時から好きだった。完全に一目惚れだったんだと思う。

 自宅が近い為に最寄り駅が同じの私達は、毎朝駅で待ち合わせをして二人で学校に行くのが日課だった。

 今朝も、いつもと同じように駅で待ち合わせをして、他愛もない話しをしながら電車を待っていた。そんな時、突然鮎人の携帯が鳴った。

 電話の内容は私には全く分からなかったが、何か良くないことが起きたことは明白だった。

 鮎人は、耳に電話を押し当てたまま膝から崩れ落ちたのだ。

 「ねぇ、鮎人どうしたの?何かあったの?」

 思わず咄嗟に声を掛けた。

 すると、耳元に押し当てていた携帯が右手と共にだらりと落ちると、消え入りそうな程に小さな声で、鮎人はぽつりと呟いた。

 「……母さん…が、母さんが倒れたらしい。」