雨が降っていた。
「何故だ……何故、彼女を殺した?」
 全身が濡れるのも構わず立ち尽くす。
 どれだけの時間が経過したのか覚えていない。一瞬かもしれないし、数時間だったかもしれない。感覚は麻痺していた。それは緊張によるものか、怒りによるものなのか。それすらも考える余裕はなかった。
 夕立の中、遠くで雷鳴が響く。
 砂嵐のような雨音なのに男の声はよく通った。
「私はおまえたちを許さない。彼女を殺した感染者も、元凶のウイルスも、彼女を救わなかったこの国も、この世界も!」
 男が睨みつけてくる。瞳は真紅。鋭い眼光を放つ。
 直感に近い確信だった。
 この男を野放しにはできない。このまま見過ごせば多くの犠牲者が出る。
「全てを破壊してやる。おまえたちが忌み嫌うこの力を利用してでも」
 激しい憎悪の言葉。
 戦う意思は確かにあった。なのに、男の声だけが再生される。その場に立ち尽くして話をしていたように。
「だが、今はその生命、預けておく」
 男は背を向ける。
 それを茫然と見ていたように。焦りと後悔ばかりが視界を覆う。
「この決意が成就する時には、おまえたちの首を彼女に捧げよう」
 意識しなくとも思い出す。
 ふとした瞬間に、あるいは呼吸する度に。
 悪夢のような、(むご)いねじれた現実。悲しみよりも落胆、嫌悪よりも後悔、悔恨よりも懺悔。
 脳の奥底、身体に刻まれた記憶。
 今まで何度でも消えることなく繰り返す。そしてきっとこれからも。