『明日、必ず伝えるから』。そう言って、それきり許されなかった言葉。
もう終わったことなのに。〈死〉の足音が夢夜にまで迫ってくるような気がして、ぞっと冷や汗が滲んだ。
(まさか)
獏は不穏な思考を振り捨てる。ばかばかしい。自分が愛した女性はみんな短命だなんて、悲恋物語ではあるまいし。
「獏様? どうかなさいましたか?」
夢夜は心配そうな目で獏を見上げる。急にどうしたんだろう。顔色が悪い。
獏はなにか言おうとしてためらっている。
夢夜の勘は当たっていた。
今、告げてしまうべきか。あのときのように、伝えておけばよかったと、後悔するぐらいなら。
いいや。それでは、これまでせっかく大切に護ってきた関係が崩れてしまう。夢夜を大切にしたい。ずっと自制してきた思いが、爆発してしまう。
獏は眉間にシワを寄せ、けわしい顔をしている。夢夜はなんだかわからないが、なにか心配事があるのだと悟った。
自分に言いづらいなにか。
(きっと、わたしを思って、なにか考えておられるのだわ)
だって、彼の視線はすがるようにこちらをとらえて離さない。
夢夜は微笑み、自分からえいっと獏に抱きついた。
「夢夜っ?」
獏は体制を崩し、よろけた。なんとか抱きとめる。
夢夜は着せられた獏のぶかぶかの袖に苦労しながら、すりすりと子猫が懐に潜り込むように、顔をすり寄せる。
「何をお考えかわかりませんが・・・。夢夜はずっと、獏さまのそばにいます」
ひゅっと、獏は息を呑む。
(なぜ、わかるのだ)
自分の心の中が。夢夜を失うかもと、怯えていることを。
だがもう、そんな些末なことは気にならなかった。
華奢であたたかい宝物を、自らに取り込むように密着して抱きしめる。
ああ。やっぱり彼女は、彼女の存在は〈奇跡〉だ。
獏は夢夜に気づかれないように、そっと唇を噛んだ。
もう、夢夜なしでは生きてゆけない気がした。
彼女は何も聞かずとも、すべて悟ったように、ほしい言葉をくれる。胸に溜まった悲しみの泉に手を差し伸べ、引き上げてくれる。
こんなに小さな手なのに。この世のどの神よりも屈強で、迷いがない。
――私だけの、女神。
(私が夢夜を幸せにしなければならないのに・・・いつも幸福をもらってばかりだな)
それでも、獏は自分の表情がやわらいでいくのを感じていた。同時に、彼女への愛しさが、どうしようもなく沸き起こる。
もう終わったことなのに。〈死〉の足音が夢夜にまで迫ってくるような気がして、ぞっと冷や汗が滲んだ。
(まさか)
獏は不穏な思考を振り捨てる。ばかばかしい。自分が愛した女性はみんな短命だなんて、悲恋物語ではあるまいし。
「獏様? どうかなさいましたか?」
夢夜は心配そうな目で獏を見上げる。急にどうしたんだろう。顔色が悪い。
獏はなにか言おうとしてためらっている。
夢夜の勘は当たっていた。
今、告げてしまうべきか。あのときのように、伝えておけばよかったと、後悔するぐらいなら。
いいや。それでは、これまでせっかく大切に護ってきた関係が崩れてしまう。夢夜を大切にしたい。ずっと自制してきた思いが、爆発してしまう。
獏は眉間にシワを寄せ、けわしい顔をしている。夢夜はなんだかわからないが、なにか心配事があるのだと悟った。
自分に言いづらいなにか。
(きっと、わたしを思って、なにか考えておられるのだわ)
だって、彼の視線はすがるようにこちらをとらえて離さない。
夢夜は微笑み、自分からえいっと獏に抱きついた。
「夢夜っ?」
獏は体制を崩し、よろけた。なんとか抱きとめる。
夢夜は着せられた獏のぶかぶかの袖に苦労しながら、すりすりと子猫が懐に潜り込むように、顔をすり寄せる。
「何をお考えかわかりませんが・・・。夢夜はずっと、獏さまのそばにいます」
ひゅっと、獏は息を呑む。
(なぜ、わかるのだ)
自分の心の中が。夢夜を失うかもと、怯えていることを。
だがもう、そんな些末なことは気にならなかった。
華奢であたたかい宝物を、自らに取り込むように密着して抱きしめる。
ああ。やっぱり彼女は、彼女の存在は〈奇跡〉だ。
獏は夢夜に気づかれないように、そっと唇を噛んだ。
もう、夢夜なしでは生きてゆけない気がした。
彼女は何も聞かずとも、すべて悟ったように、ほしい言葉をくれる。胸に溜まった悲しみの泉に手を差し伸べ、引き上げてくれる。
こんなに小さな手なのに。この世のどの神よりも屈強で、迷いがない。
――私だけの、女神。
(私が夢夜を幸せにしなければならないのに・・・いつも幸福をもらってばかりだな)
それでも、獏は自分の表情がやわらいでいくのを感じていた。同時に、彼女への愛しさが、どうしようもなく沸き起こる。

