後半、もごもごと歯切れが悪かった。
獏は目を見張る。(狐牡丹はさっさと退室した。桃色の空気にあてられたらしい)
やがて、獏はため息をつく。ぎゅうっと、夢夜を抱きしめた。
「それ以上言わないでくれ」
――歯止めがきかなくなる、と獏は心のなかでつぶやいた。
実のところかなり我慢を強いられていた。
出逢ったばかりの頃、夢夜を〈雑草〉呼ばわりしてからかったことがある。戻れるならば、あの頃の自分を殴りたい。
夢夜はこの三月で、美しく生まれ変わった。
目鼻立ちが整い、長いまつげは動くたびに蝶が舞うようだ。
気を利かせた侍女たちがうすく化粧をしたらしい。ほのかに色づいた唇は、甘い蜜を蓄えた花芯のごとく、衝動的に吸い付きたくなる。
だが口づけも、その先も。夢夜を大切に思うからこそ、感情に任せてするわけにはいかない。
夢夜は『青春を捧げます』とまで言ってくれた。二人の関係は、安定してきている・・・と思う。
でも、祖母の譲葉と恋仲だった事実は消えない。
(夢夜に思いを伝えるには、まだ早い)
譲葉を正式に弔う。その儀式を終えてからでも遅くはない。
(そうしてきちんとけじめをつけて、改めてそなたと朝まで共寝したい)
それまで、大切に、大切に守り抜く。
自分の身勝手な欲求も抑え込んで。彼女を取り巻くあらゆる邪な糸を断ち切って。
夢夜の腰を引き寄せ、自制するため髪の香りを肺いっぱいに吸い込む。
(今は、これで満足せねば)
タガが外れてしまった自分は、なにをしでかすかわからない。
夢夜のおかげで今がある。過去から立ち直ることができたのも。背中を押してくれたのも。すべて、まぎれもなく彼女の深い愛と懐の深さゆえだ。
だからこそ、自分も彼女に誠実でありたい。
狭量な男と思われたくない。
獏の葛藤は手の動きにあらわれた。夢夜を掻き抱くように引き寄せる強い腕、髪をほぐす手は何度もにぎったりゆるめたりを繰り返している。
「ばく、さま?」
夢夜はおずおずと背に手をまわしてきた。すり、と胸にすり寄る。
ここへ来た時と変わらないその仕草に、獏は二月も寂しい思いをさせたと深く後悔した。
「ゆめよ」
獏は体を少し離した。見つめあう。
「なんですか?」
夢夜は続きをせがむ。
「私は、そなたを――・・・」
言いかけて、獏は血の気が失せた。
『愛している』。
譲葉に言うはずだった、あの言の葉。
獏は目を見張る。(狐牡丹はさっさと退室した。桃色の空気にあてられたらしい)
やがて、獏はため息をつく。ぎゅうっと、夢夜を抱きしめた。
「それ以上言わないでくれ」
――歯止めがきかなくなる、と獏は心のなかでつぶやいた。
実のところかなり我慢を強いられていた。
出逢ったばかりの頃、夢夜を〈雑草〉呼ばわりしてからかったことがある。戻れるならば、あの頃の自分を殴りたい。
夢夜はこの三月で、美しく生まれ変わった。
目鼻立ちが整い、長いまつげは動くたびに蝶が舞うようだ。
気を利かせた侍女たちがうすく化粧をしたらしい。ほのかに色づいた唇は、甘い蜜を蓄えた花芯のごとく、衝動的に吸い付きたくなる。
だが口づけも、その先も。夢夜を大切に思うからこそ、感情に任せてするわけにはいかない。
夢夜は『青春を捧げます』とまで言ってくれた。二人の関係は、安定してきている・・・と思う。
でも、祖母の譲葉と恋仲だった事実は消えない。
(夢夜に思いを伝えるには、まだ早い)
譲葉を正式に弔う。その儀式を終えてからでも遅くはない。
(そうしてきちんとけじめをつけて、改めてそなたと朝まで共寝したい)
それまで、大切に、大切に守り抜く。
自分の身勝手な欲求も抑え込んで。彼女を取り巻くあらゆる邪な糸を断ち切って。
夢夜の腰を引き寄せ、自制するため髪の香りを肺いっぱいに吸い込む。
(今は、これで満足せねば)
タガが外れてしまった自分は、なにをしでかすかわからない。
夢夜のおかげで今がある。過去から立ち直ることができたのも。背中を押してくれたのも。すべて、まぎれもなく彼女の深い愛と懐の深さゆえだ。
だからこそ、自分も彼女に誠実でありたい。
狭量な男と思われたくない。
獏の葛藤は手の動きにあらわれた。夢夜を掻き抱くように引き寄せる強い腕、髪をほぐす手は何度もにぎったりゆるめたりを繰り返している。
「ばく、さま?」
夢夜はおずおずと背に手をまわしてきた。すり、と胸にすり寄る。
ここへ来た時と変わらないその仕草に、獏は二月も寂しい思いをさせたと深く後悔した。
「ゆめよ」
獏は体を少し離した。見つめあう。
「なんですか?」
夢夜は続きをせがむ。
「私は、そなたを――・・・」
言いかけて、獏は血の気が失せた。
『愛している』。
譲葉に言うはずだった、あの言の葉。

