屋敷へ戻った獏と夢夜を待ち構えていたのは、狐牡丹だった。
「獏様。先ほど使いの者が文を置いて行きました」
「ふみ?」
獏は怪訝な顔をする。
「主上の側仕えの、うさぎからです」
狐牡丹は静かに言う。
「この夢幻の世界に、入ってこられる方もいるのですか?」
夢夜は首をひねる。
「ここは現世とも天上界ともちがう、いわば眠りの中に存在する世界。だが天帝からの伝令は私が許可した者ならば出入り可能だ」
「なんと書いてあるのですか?」
夢夜は覗き込む。まだ、字は読めない。
「明日、内密の要件があるので参内するようにと」
しかし、と獏はひそかに眉を寄せた。
(この筆跡・・・。この文脈・・・。印こそ天帝の配下のものだが、何かがいつもと違う気がする。気のせいか?)
獏は古参だ。少々の異変にも敏感に察知する。
「急ぎ幻獣たちが集められることになった。行ってくるが・・・狐牡丹」
獏はよぶと、侍女頭に耳打ちした。
「私の杞憂かもしれんが、くれぐれも、夢夜を頼んだぞ」
狐牡丹はすべてを察した。
「心得ております。おまかせを」
下手に夢夜を連れ歩くより、他者の侵入不可能な夢幻の屋敷にいたほうが安全だ。この前の咲紀という娘の動きも気になる。
万が一はないに越したことはないが、まったくないとも限らない。
きょとんとする夢夜の頭を撫でると、獏は腰をかがめ、視線を合わせた。
「夢夜。私は明日の早朝に出るが、知らない輩にはついて行くな。心得たか?」
「・・・獏さま。お留守番くらいできますよ」
夢夜はむぅっ、と眉を寄せ、ため息を付いた。
(やっぱりわたしは子供なのかしら)
獏はそれでも心配そうだった。やがて、なにを思ったのか、自らの衣を脱ぎ、夢夜の肩にはおらせる。
夢夜は頬を赤らめた。
「あの、これは・・・?」
ぶかぶかの大き過ぎるそれには、呪詛のような文字が銀糸で刺繍されている。なにか意味があるものなのだろうか。
「私の夢の糸で織った衣だ。これを着ているかぎり、そなたがどこに行っても追跡できる」
夢夜は瞬いた。
「それって、首輪・・・のようなものですか?」
なんだろう。夢夜は嬉しいような、こわいような、むず痒い気持ちになった。
彼の匂いがたっぷり染み付いた衣は、まるで腕の中にいるようでこの上なく安心できる。束縛されるのは、現世の清水村を思い出してしまいそうで震えが走るが、獏になら・・・。
「いや、か?」
獏がおそるおそる尋ねるので、夢夜はあわてて首を振った。
「いいえ。わたし、獏様になら、閉じ込められるのも悪くない・・・のかもしれないなぁって・・・・・・」

