「お前を呼んだ理由は、わかるかしら?」
初めて合う妖怪のたぐいにも眉一つ動かさず、咲紀はねっとりと問う。
「ふふ、さすが、人間の身でありながら大蛇様に侍れるおなごですなぁ。肝が座りきっておられる」
そいつは、すっと目を細めた。
「でも、せいぜいお気をつけることですな。我らが尊敬し、お仕えするのはあくまでも大蛇様。人間の小娘などではございませぬ」
咲紀はすりすりと大蛇を手でなでながら言う。
「おまえも気をつけることね。私の言葉一つで、大蛇様に喰わせることも簡単なのよ」
「虎の威を借る狐とは、よく言ったものです。・・・いいでしょう、大蛇様にとって良いことなら、私は喜んでご協力いたします」
そういって、獣は姿を消した。
咲紀は含み笑いをする。
(あの女を連れ出し、大蛇に喰わせる。その頃には村人も全員喰われて死んでるわ。お父様の復讐を遂げれば、こんな場所おさらばよ)
その後のことなど、本当は考えていない。
ただ、生きているという奴婢の親子――とりわけ夢夜を殺したい。
そうすれば、獏を誘惑できるスキが生まれる。彼の妻となれる。
(私をこんな目に合わせておいて、のうのうと宮殿で暮らしているなんて。薄汚いボロ雑巾め、身の程を知るといいわ)
すると、一時的に満腹になったのか、大蛇が身を擦り寄せてきた。
『咲紀よ。娘を連れてきたいのなら、天帝の名を借りろ』
「天帝を? なぜ?」
猫なで声で、咲紀はその巨大な頭を撫でる。ちろちろと、蛇は長い舌でその手を舐めながら、
『奴は天帝の犬よ。呼び出されれば、行かざるを得まい。・・・我はもう、待てぬ』
大蛇の目は、暗い洞穴の仲でも底光りしているようにみえた。咲紀はぐっと息を呑む。
「わ、わかったわ。さっきの獣に連れてくるよう、命じておいたの。自分からここに来るはずよ」
『自分から、喰われに来るか。フフ、お前は狐より狐だ、咲紀よ』
大蛇は満足げに笑うと、そのまま寝入ってしまった。
「狐か・・・」
咲紀はなにかを思いつき、そして獰猛な笑みを浮かべた。

土砂降りの雨はやむことを知らない。洪水を引き起こした女は、ただひたすらに復讐の炎を燃やしていた。