紅葉が美しい湖。水鏡に反射している。
はらりと散る楓の葉が、波紋をつくった。
船に乗っていた。
獏は静かに船を漕いでいる。
夢夜は座っているように言われ、ほれぼれと彼を見上げる。
意外にたくましい腕が袖から覗く。冷静沈着な顔は変わらず怜悧で美しい。宴から数日が経過し、夢夜に笑顔が戻ってきた。心配事はすべて吹き飛び、今この瞬間の幸福を味わう。
「ん?」
ふと、夢夜の視線に気づいて、獏がこちらを見た。
夢夜はあわてて目をそらす。
沈黙が苦しくて、静かな艪(ろ)の水音を遮るように、夢夜は口を開いた。
「きっ、綺麗な景色ですねっ?」
「ああ。今しがたつくったところだ」
さらりという。夢夜は目を丸くした。
「獏さまがつくられたのですか!?」
「ここは夢幻。私が世界を構築している。私が侵入を許可したものならば存在を保てるが、無断で侵入すれば肉体は溶け落ち、魂は永遠と夢幻をさまようことになる」
「では、わたし、もうすぐ溶けちゃうんですか?」
夢夜はおののく。
「そなたは泥だんごか」
獏は間抜けな娘を平べったい目で見下ろした。
「動物や虫は、現世から連れてきたものや天上界にもともといたものが多い。それらは生命を持ち、私が存在を許可したものだから、生きて行ける」
めずらしい生き物も時々見かけたのは、そのせいか。
ぎい、ぎい・・・と船はきしむ。
ふと、夢夜は疑問が湧いた。
「獏さまは、夢をめしあがると聞きました」
獏は手を止めた。
「・・・どちらかというと、私は夢が主食だ」
言いにくそうに、言う。
そうか。
「ならば、私は、余計なことをしてしまいましたね」
無理に食べさせてしまった。
それを言うと、獏はもごもごと言った。
「人間の食べ物が食べられないわけではない。あのとき、夢を食う気力もなかったから・・・。そなたの料理はありがたかった」
夢夜はほっと胸をなでおろした。
でも、疑問が湧く。
「ならば普段、どなたの夢を食べておられるのですか?」
獏はぎくりと肩がこわばった。・・・夢夜は見逃さなかった。
「・・・どこぞの女人の夢を、食べておられるのですかっ!?」
「う。――全員が女人というわけでは・・・」
「どのようにして食べられるの? 寝所まで侵入するのですか? それとも、その方の夢枕に立たれるのですかっ?」
「む」
詰問され、獏はついっと視線をそらす。
「こたえてください」
「・・・知りたいか?」
ぼそり、低い声でたずねられ、夢夜はむくれた。
「いーえ? まぁったく、気になりません」
ぷいっと、顔をそらした。
――すると。艪を投げ出す音。

