夢夜のことは当然、この手で殺してやるつもりだ。だがその前に、夫を公然の場でズタズタに誇りを引き裂いて、二人の幸せをぶち壊してやりたい。
(奴婢に惚れるなんて馬鹿な男。綺麗なお顔なのにもったいない)
獏は気に留めず、静かに衣擦れの音をたてて琴の前に座る。
長い指で、弦に指をかけた。
――刹那。咲紀は思考が吹き飛んだ。
(なに・・・? この、美しい音色は・・・――!?)
天界でも五本の指に入る琴を、見事に操るその姿。その顔。その指・・・。咲紀は憎しみも忘れ、脱力して見とれてしまった。
悲しみを含んだ楽曲は、きっとかつての恋人を思ってのことか。それとも、帰らぬ日々から決別し、邁進(まいしん)する男の心情か。
蛍のように切なく消えた恋。でもきっと、全力で互いに命を焦がした恋。
獏はするり、演奏しながら咲紀の隣で涙を流す娘――夢夜へ、ふわりと笑顔を向けた。
すると、曲調が変わった。
曲は同じでも、弾き手の心が変わったのを感じる。
獏は琴を通し、夢夜へ語っているのだ。
――『そなたと出会えて、私は心底幸せだ』・・・と。
夢夜は目を見開く。・・・やがて、ほろりとほほ笑んだ。
二人の間に、言葉など不要だ。
獏にこたえるように、夢夜はうなずく。何度も。何度も。
――『わかっています。わたしは、あなたの気持ちはわかっていますから』と。
咲紀は幸せそうにほほ笑み合う二人を交互に見つめる。
(なぜ・・・? なぜそんなに幸せそうなの?)
かつての恋人との思い出の曲のはず。
きっと夢夜は、嫉妬するだろうと思っていた。
きっと獏は、公衆の前で恥をかかされて夢夜にあわせる顔がなくなるだろうと。
なのに、なぜ?
咲紀には理解できなかった。
美貌も。
家柄も。
すべてを手にしてきた娘は、ゆいいつ、〈愛〉だけが理解できない。
・・・・・・でも。
咲紀は、自分に許しを請うのではなく夢夜へ向けて演奏を続ける獏へ、激しい劣情にかられた。
――獏が、ほしい。
愛情も。恋心も。すべて自分のものにしたい。
だって夢夜は〈奴婢〉なのだ。
奴婢のものは当然、〈主人〉である自分のものだろう?
咲紀はこの世のすべてを手中に収めるごとく、豪然と夢夜を見下ろした。
その恐ろしい企てに気づかず、夢夜は笑っている。
すると、天帝の声がした。
『獏。もうよい』
演奏が止んだ。獏は手を止め、ゆっくりと御簾へ視線を投げる。
(奴婢に惚れるなんて馬鹿な男。綺麗なお顔なのにもったいない)
獏は気に留めず、静かに衣擦れの音をたてて琴の前に座る。
長い指で、弦に指をかけた。
――刹那。咲紀は思考が吹き飛んだ。
(なに・・・? この、美しい音色は・・・――!?)
天界でも五本の指に入る琴を、見事に操るその姿。その顔。その指・・・。咲紀は憎しみも忘れ、脱力して見とれてしまった。
悲しみを含んだ楽曲は、きっとかつての恋人を思ってのことか。それとも、帰らぬ日々から決別し、邁進(まいしん)する男の心情か。
蛍のように切なく消えた恋。でもきっと、全力で互いに命を焦がした恋。
獏はするり、演奏しながら咲紀の隣で涙を流す娘――夢夜へ、ふわりと笑顔を向けた。
すると、曲調が変わった。
曲は同じでも、弾き手の心が変わったのを感じる。
獏は琴を通し、夢夜へ語っているのだ。
――『そなたと出会えて、私は心底幸せだ』・・・と。
夢夜は目を見開く。・・・やがて、ほろりとほほ笑んだ。
二人の間に、言葉など不要だ。
獏にこたえるように、夢夜はうなずく。何度も。何度も。
――『わかっています。わたしは、あなたの気持ちはわかっていますから』と。
咲紀は幸せそうにほほ笑み合う二人を交互に見つめる。
(なぜ・・・? なぜそんなに幸せそうなの?)
かつての恋人との思い出の曲のはず。
きっと夢夜は、嫉妬するだろうと思っていた。
きっと獏は、公衆の前で恥をかかされて夢夜にあわせる顔がなくなるだろうと。
なのに、なぜ?
咲紀には理解できなかった。
美貌も。
家柄も。
すべてを手にしてきた娘は、ゆいいつ、〈愛〉だけが理解できない。
・・・・・・でも。
咲紀は、自分に許しを請うのではなく夢夜へ向けて演奏を続ける獏へ、激しい劣情にかられた。
――獏が、ほしい。
愛情も。恋心も。すべて自分のものにしたい。
だって夢夜は〈奴婢〉なのだ。
奴婢のものは当然、〈主人〉である自分のものだろう?
咲紀はこの世のすべてを手中に収めるごとく、豪然と夢夜を見下ろした。
その恐ろしい企てに気づかず、夢夜は笑っている。
すると、天帝の声がした。
『獏。もうよい』
演奏が止んだ。獏は手を止め、ゆっくりと御簾へ視線を投げる。

