だって今でさえ、空が美しく見えるもの。
なんでもひとりで乗り越えてきた。誰の力も、頼れなかった。
でも、もうだいじょうぶ。獏様が、そばにいてくれる。
夢夜は、はにかむ。
「それでもやっぱり、泣いて帰るかもしれません。・・・そのときは、慰めてくださいね?」
獏はその頭を引き寄せると、こつんと額を合わせた。
「無論だ。その時はうさぎの肉を食わせてやる」
急に飛び出た軽口に、ふたりは笑いあった。
やっぱり今日も、空は青い。
琴の演奏が始まる。両国の芸妓による舞が披露されたが、夢夜も獏もまったく目に入らなかった。
だれが割り当てたのか。よりにもよって、咲紀が隣の席だからだ。
両国の親睦を深めるに当たり、階級に関係なく席を割り当てられる。偶然にしては運がなさすぎた。
獏を挟んで座っているが、これでは生きた心地がしない。獏はずっと震える夢夜の手を握っていた。
やがて、天女たちの舞が終わる。
と、いきなり咲紀は立ち上がった。
「見事な舞いでしたわ。そこでひとつ、提案があります」
びくりと肩が強ばる。すかさず、獏は咲紀を睨んだ。
咲紀は気に留めず言う。
「譲葉さまは、舞いの名手だったとか。譲葉様のお孫さまに、ひとさし舞っていただいてはいかがでしょう?」
それは賛成だ、と皆が手を叩いた。夢夜は今度こそ真っ青になった。
咲紀はほくそ笑む。
「あら。できませんの? いたしかたありませんわね」
女は、ねっとりと流し目をおくった。
「・・・奴婢のぶんざいのあなたには、不相応だもの」
獏たちにしか聞こえないほど小さな声だった。
夢夜は息が止まった。
――奴婢のぶんざいで。
ぐらりとめまいがした。
自分の尊厳を、夢夜は生まれた時から持っていない。
石ころのような命。いてもいなくてもわからないほど、軽いそれは、右に左に蹴られ、転がっていく。
新たに刻まれた心の傷は、思いのほか痛かった。心の中で見えない血がどろりと流れ出すようだ。
・・・すると。
夢夜の手に、おおきな温かい手が重ねられた。
獏だ。
「咲紀、といったか」
彼は冷静な、感情を悟らせない声で言った。
「申し出、受けたいところだが、夢夜はいま足を痛めている」
夢夜はふっと思考の渦から抜け出した。
そうだ。彼は言ってくれた。
なんでもひとりで乗り越えてきた。誰の力も、頼れなかった。
でも、もうだいじょうぶ。獏様が、そばにいてくれる。
夢夜は、はにかむ。
「それでもやっぱり、泣いて帰るかもしれません。・・・そのときは、慰めてくださいね?」
獏はその頭を引き寄せると、こつんと額を合わせた。
「無論だ。その時はうさぎの肉を食わせてやる」
急に飛び出た軽口に、ふたりは笑いあった。
やっぱり今日も、空は青い。
琴の演奏が始まる。両国の芸妓による舞が披露されたが、夢夜も獏もまったく目に入らなかった。
だれが割り当てたのか。よりにもよって、咲紀が隣の席だからだ。
両国の親睦を深めるに当たり、階級に関係なく席を割り当てられる。偶然にしては運がなさすぎた。
獏を挟んで座っているが、これでは生きた心地がしない。獏はずっと震える夢夜の手を握っていた。
やがて、天女たちの舞が終わる。
と、いきなり咲紀は立ち上がった。
「見事な舞いでしたわ。そこでひとつ、提案があります」
びくりと肩が強ばる。すかさず、獏は咲紀を睨んだ。
咲紀は気に留めず言う。
「譲葉さまは、舞いの名手だったとか。譲葉様のお孫さまに、ひとさし舞っていただいてはいかがでしょう?」
それは賛成だ、と皆が手を叩いた。夢夜は今度こそ真っ青になった。
咲紀はほくそ笑む。
「あら。できませんの? いたしかたありませんわね」
女は、ねっとりと流し目をおくった。
「・・・奴婢のぶんざいのあなたには、不相応だもの」
獏たちにしか聞こえないほど小さな声だった。
夢夜は息が止まった。
――奴婢のぶんざいで。
ぐらりとめまいがした。
自分の尊厳を、夢夜は生まれた時から持っていない。
石ころのような命。いてもいなくてもわからないほど、軽いそれは、右に左に蹴られ、転がっていく。
新たに刻まれた心の傷は、思いのほか痛かった。心の中で見えない血がどろりと流れ出すようだ。
・・・すると。
夢夜の手に、おおきな温かい手が重ねられた。
獏だ。
「咲紀、といったか」
彼は冷静な、感情を悟らせない声で言った。
「申し出、受けたいところだが、夢夜はいま足を痛めている」
夢夜はふっと思考の渦から抜け出した。
そうだ。彼は言ってくれた。

