「そうだ。――生贄で大蛇のもとまで向かい、何らかの形で気に入られたのだ。あの刻印は、大蛇の嫁の証。裏切りや不貞を働けば、体はたちまち鱗(うろこ)に飲み込まれ、蛇になる。大蛇が死んでも同様だ」
夢夜はうつろな意識の中、咲紀の表情を思い出す。
「人間だった頃より、とても、自暴自棄に見えました」
「・・・・・・そうか」
獏は曖昧に返事をした。
夢夜を虐待した村人も、咲紀も、獏は許す気はない。この先、咲紀がどうなろうと知ったことではなかった。
だが、今回の宴にわざわざ、出席してきたことは気になる。
獏は不安をごまかすように夢夜を引き寄せ、かたく抱きしめた。
たくましい腕と彼の香りにつつまれ、夢夜はすこしばかり呼吸が楽になった。
「獏さま。・・・わたし、戻れます」
夢夜は、震える喉を叱咤して、途切れ途切れになりながらも言った。
獏は目を見開く。
「何を言う。もう無理をすることはない。夢幻へ戻るぞ」
夢夜はゆっくり首を振った。
「ここで、逃げてしまえば、・・・わたしは後(のち)に自分が嫌いになります。・・・そうなりたくないのです」
夢夜はうっすらとはにかんでみせた。
ほんとうは笑って、獏を安心させてやりたい。でも、できない。
いま一番、安心がほしいのは、私の方だから。
情けないほど涙は溢れ、おびえる小動物のような体はうまく言うことをきいてくれない。
それでも、避けられない戦いはある。
「いま逃げ出すのは、かんたん。でも、そうすると、過去の自分がかわいそうになってしまうのです」
これは自分の価値を、自らが認めるための戦い。
誰のためでもない。過去と未来の、自分の尊厳を護るため。
獏は静かに耳を傾けていた。たどたどしい一語一句を、すべてひろい、心に刻む。
やがて、口を開いた。
「夢夜。〈強さ〉と〈我慢〉は同義ではない。〈辛い〉と言えるのもまた強さだ。わかるな?」
「・・・はい」
夢夜はこくん、とうなずく。獏は視線を絡ませると、力強く言った。
「だが、それを承知でなお、意思が固いのなら私はそれに従う。そなたを護る盾になる」
夢夜は涙が一筋こぼれ落ちた。
これほどまでに力強い言葉も、あつい腕も知らない。
(だい、じょうぶ)
夢夜は傷んだ自分の心のかさぶたを治すように、言い聞かせる。

だいじょうぶ。この人が、いてくれたら。
ほんとうに、だいじょうぶな気がするの。