夢夜の歩みが止まった。繋いだ手から汗が吹き出す。手が、体中が震える。
――従姉妹(いとこ)の、咲紀の声だ。
獏は異変を察知した。
すばやく、夢夜を背に隠した。
(なぜ、ここに!?)
動揺は隠せない。
ふと、咲紀がこちらを見た。
・・・にやり。
蛇のような、ねっとりしつこく、獰猛(どうもう)な笑みだった。
「あ、あの右目は・・・!?」
夢夜は咲紀の変貌に驚いて、叫ぶように言う。
咲紀の濃い化粧の彩る顔には、右目に鱗がびっしりと生えていた。
人間とも、妖怪ともつかない存在のような。なんとも得体の知れない、不気味な女になっている。
「あ、ああ・・・っ」
夢夜は呼吸もままならない。痙攣(ひきつけ)を起こしていた。浅い呼吸は目の前を真っ暗に染めていく。
(まずいっ)
獏は夢夜を抱きかかえると、人気のない場所へ連れていった。
開宴まで、わずかだが時間はある。
会場の裏へまわり、石段に腰掛けさせた。
あらためて顔を見ると、夢夜はぼろぼろと泣いていた。
覇気のない瞳、色を失った唇がふるえている。
痛めつけられた日々が彼女の心へどれだけ深い傷をつくっていたのか。獏はあらためて思い知らされた。
「夢夜」
獏は、その顔をそっと両手で包み込んだ。言い聞かせるように、言う。
「夢夜。そなたの名は、〈夢夜〉。名前もない奴婢などではない。〈夢夜〉という、かけがえのない私の・・・私の女(ひと)だ」
獏はゆっくり、夢夜を驚かせないように抱きしめる。あやすように、ゆっくり背をさすって。
「すまない。・・・連れてくるのが最善だと思っていたが、判断を誤った」
まさか、咲紀が生きていたとは。・・・とは口が裂けても言えない。
夢夜はきっと取り乱すだろう。
咲紀の夢の糸を大蛇に結びつけたのは獏だからだ。
(奴らは生贄の替え玉に身勝手に夢夜を選び、死の寸前まで追い詰めた)
獏は己の行動を微塵も後悔していない。
本来は咲紀が生贄に選ばれていた。
だが、咲紀が大蛇に喰われず、生きのびていたのは誤算だった。
「なぜ、なぜ彼女が天上界に・・・。それに、あの顔の鱗は?」
夢夜が言う。ようやく、口をきけるまでになった。うっすら、瞳に光がやどりはじめる。まだ、顔は青白いが。
獏は努めて、冷静な声色で言った。
「私の推測だが、あの咲紀という娘は、大蛇の〈嫁〉になったのだろう」
「よ、め・・・?」
――従姉妹(いとこ)の、咲紀の声だ。
獏は異変を察知した。
すばやく、夢夜を背に隠した。
(なぜ、ここに!?)
動揺は隠せない。
ふと、咲紀がこちらを見た。
・・・にやり。
蛇のような、ねっとりしつこく、獰猛(どうもう)な笑みだった。
「あ、あの右目は・・・!?」
夢夜は咲紀の変貌に驚いて、叫ぶように言う。
咲紀の濃い化粧の彩る顔には、右目に鱗がびっしりと生えていた。
人間とも、妖怪ともつかない存在のような。なんとも得体の知れない、不気味な女になっている。
「あ、ああ・・・っ」
夢夜は呼吸もままならない。痙攣(ひきつけ)を起こしていた。浅い呼吸は目の前を真っ暗に染めていく。
(まずいっ)
獏は夢夜を抱きかかえると、人気のない場所へ連れていった。
開宴まで、わずかだが時間はある。
会場の裏へまわり、石段に腰掛けさせた。
あらためて顔を見ると、夢夜はぼろぼろと泣いていた。
覇気のない瞳、色を失った唇がふるえている。
痛めつけられた日々が彼女の心へどれだけ深い傷をつくっていたのか。獏はあらためて思い知らされた。
「夢夜」
獏は、その顔をそっと両手で包み込んだ。言い聞かせるように、言う。
「夢夜。そなたの名は、〈夢夜〉。名前もない奴婢などではない。〈夢夜〉という、かけがえのない私の・・・私の女(ひと)だ」
獏はゆっくり、夢夜を驚かせないように抱きしめる。あやすように、ゆっくり背をさすって。
「すまない。・・・連れてくるのが最善だと思っていたが、判断を誤った」
まさか、咲紀が生きていたとは。・・・とは口が裂けても言えない。
夢夜はきっと取り乱すだろう。
咲紀の夢の糸を大蛇に結びつけたのは獏だからだ。
(奴らは生贄の替え玉に身勝手に夢夜を選び、死の寸前まで追い詰めた)
獏は己の行動を微塵も後悔していない。
本来は咲紀が生贄に選ばれていた。
だが、咲紀が大蛇に喰われず、生きのびていたのは誤算だった。
「なぜ、なぜ彼女が天上界に・・・。それに、あの顔の鱗は?」
夢夜が言う。ようやく、口をきけるまでになった。うっすら、瞳に光がやどりはじめる。まだ、顔は青白いが。
獏は努めて、冷静な声色で言った。
「私の推測だが、あの咲紀という娘は、大蛇の〈嫁〉になったのだろう」
「よ、め・・・?」

