うさぎは夢夜の不穏な視線を察知した。あわてて後ろへ飛び退る。
「その目ぇっ!? あたしをどうやったら喰えるか吟味してません??」
獏は不敵に笑う。
「夢夜は本気だ。――夢夜はこう見えて、狩猟の名人だ。鹿をはじめ獅子を仕留めることもできる。無論、うさぎなど造作もないことだ。近づかぬほうが身のためだぞ」
うさぎは「信じらんないっ」とわめきながら、天帝のもとへ逃げていった。


順番が来る。
『それが譲葉の孫か』
神はひと目で孫娘と見抜いた。声だけが響き、思わず見を固くしたが、夢夜は教えられたとおりに、礼を取った。
「ゆ、譲葉の孫、夢夜にございます。こ、このたびは、・・・・・・えっと」
固まったが、すかさず獏が言葉を紡ぐ。
「私の一存で現世から連れ戻しました。事後報告となり、申し訳ございません」
天帝は御簾越しにじっとみている気配がする。
夢夜はガチガチに緊張していた。
(そそうをしたかしら)
冷や汗がどっと出る。獏はというと、なれたものだ。質問がないなら用はないと「では」とさっさと夢世の手を引いた。・・・と。
『またもや朕の娘を選ぶとは、もの好きめ』
おもわぬ言葉。
獏は立ち止まり、顔も合わせず淡々と問う。
「・・・こたびは、反対されないので?」
譲葉との糸を切らせたのは天帝だ。
神がその気になれば、譲葉と一緒になれたのではないか。
あんな結末にはならなかったのではないか――・・・。それに。
「あなたなら、夢夜にもっと良い環境をあたえることができたのではないですか? 虐待のことも、ご存知だったのでは?」
つい口をついて出た。
会場はざわめき立つ。天帝に意見するなどもってのほかだからだ。
天帝は、とがめなかった。
しばしの痛いほどの沈黙に、会場は静まり返る。
(それが答えですか)
獏は、静かに唇を噛んだ。
『ゆけ』
それだけしか言わない夢夜の曽祖父。神はいったい、孫娘のことをなんだと思っているのか。
(・・・やはり許せん)
獏は無表情を顔に貼り付け、群衆を眼力だけで退ける。夢夜の手を引いた。
夢夜はというと、初めて謁見した曽祖父の御簾を、しみじみと見上げていた。
(認められたということかしら)
釈然としなかったが、獏はもっとしかめ面をしていたので黙った。
すると、背後からぞっとする、あの声が響いてきた。
「倭国の大蛇が妻、咲紀でございます」