「ようやく、私の顔を見たな」
獏はにやりと笑った。
「っ!」
夢夜はひゅっと息を呑んだ。
しどろもどろに、「もうっ、わたし帰りますっ」とふらつく足で屋敷へ逃げ帰ろうと踵を返す。・・・が、当然獏が許すはずもなく、腰に手を回され、後ろからぎゅっと抱きよせられる。
「ひっ」
間近で感じる吐息。夢夜は身を固くした。
意地悪な男だ。わざと耳に吹き込むように唇を寄せて、ささやく。
「毎晩、部屋を覗いていた割に、私の顔は見られないのか?」
夢夜はぎょっとした。
「え。き、気づいて・・・!?」
「毎晩庭から視線を感じていた。最初はくせ者かと思ったが・・・。這いつくばってこちらをうかがうそなたに気づいてから、私は己の身の振る舞い方に気を配らねばならなかった。・・・情けなく酒に溺れるわけにもいかず、日中はそなたの手料理のおかげで健康になるばかり。困り果てたよ。・・・でも、正直、恥ずかしい反面」
嬉しかった。
そう耳元でささやかれ、娘は腰が砕けそうになった。
獏は容赦なく、つぎつぎに言い当てていく。
「毎日布団を干してくれていたな。寝心地の良さで、すぐにわかった。女中たちは私の怒りに触れるのが怖くて、私室にはまず、近寄らない。狐牡丹も、あのような丁寧な掃除はしない。勝手に道具をさわると私がいやがるからだ。・・・だから、すぐにそなただとわかった」
(ぜんぶ知られていたなんて・・・!)
つきまとい同然のあれやこれやを、すべて彼はご存知だったのだ。恥ずかしいやら情けないやら、でも「喜んでいただけて幸せです!」と叫びそうになり、夢夜は両手で顔を覆い隠した。
獏の意地悪は続く。
「私には顔をみせてくれないのか?」
「い、いやっ。絶対、むりっ! 顔が、にっ、にやけているから・・・気持ち悪いから、だめ・・・!」
「私は気にしない。かわいらしいと思う」
「もうかんべんしてください・・・」
今にも消え入りそうな声で、熟れた柿のように真っ赤な顔を隠しながら、夢夜は懇願した。
もう無理。
限界。
かわいいなんて。
吐息は首筋をくすぐるし、いつもより何倍も艶めいた声はあらぬ事まで妄想させる。
もういっそ、モグラのように土にもぐってしまいたいと、夢夜は脱力した。
へとへとだ。恥ずかしさはとうに限界を超え、体力はぜんぶ背後の男に奪われた。
獏はというと、とても満足げにそれを眺めていた。
「もう、降参か?」
獏はにやりと笑った。
「っ!」
夢夜はひゅっと息を呑んだ。
しどろもどろに、「もうっ、わたし帰りますっ」とふらつく足で屋敷へ逃げ帰ろうと踵を返す。・・・が、当然獏が許すはずもなく、腰に手を回され、後ろからぎゅっと抱きよせられる。
「ひっ」
間近で感じる吐息。夢夜は身を固くした。
意地悪な男だ。わざと耳に吹き込むように唇を寄せて、ささやく。
「毎晩、部屋を覗いていた割に、私の顔は見られないのか?」
夢夜はぎょっとした。
「え。き、気づいて・・・!?」
「毎晩庭から視線を感じていた。最初はくせ者かと思ったが・・・。這いつくばってこちらをうかがうそなたに気づいてから、私は己の身の振る舞い方に気を配らねばならなかった。・・・情けなく酒に溺れるわけにもいかず、日中はそなたの手料理のおかげで健康になるばかり。困り果てたよ。・・・でも、正直、恥ずかしい反面」
嬉しかった。
そう耳元でささやかれ、娘は腰が砕けそうになった。
獏は容赦なく、つぎつぎに言い当てていく。
「毎日布団を干してくれていたな。寝心地の良さで、すぐにわかった。女中たちは私の怒りに触れるのが怖くて、私室にはまず、近寄らない。狐牡丹も、あのような丁寧な掃除はしない。勝手に道具をさわると私がいやがるからだ。・・・だから、すぐにそなただとわかった」
(ぜんぶ知られていたなんて・・・!)
つきまとい同然のあれやこれやを、すべて彼はご存知だったのだ。恥ずかしいやら情けないやら、でも「喜んでいただけて幸せです!」と叫びそうになり、夢夜は両手で顔を覆い隠した。
獏の意地悪は続く。
「私には顔をみせてくれないのか?」
「い、いやっ。絶対、むりっ! 顔が、にっ、にやけているから・・・気持ち悪いから、だめ・・・!」
「私は気にしない。かわいらしいと思う」
「もうかんべんしてください・・・」
今にも消え入りそうな声で、熟れた柿のように真っ赤な顔を隠しながら、夢夜は懇願した。
もう無理。
限界。
かわいいなんて。
吐息は首筋をくすぐるし、いつもより何倍も艶めいた声はあらぬ事まで妄想させる。
もういっそ、モグラのように土にもぐってしまいたいと、夢夜は脱力した。
へとへとだ。恥ずかしさはとうに限界を超え、体力はぜんぶ背後の男に奪われた。
獏はというと、とても満足げにそれを眺めていた。
「もう、降参か?」

