「ゆ、譲葉は、もういない。五十年前よ・・・覚えてないの!?」
無礼な物言いだったが、蛇は咎(とが)めることなく『ふうん。そうだったかな?』と首を傾げた。
(この記憶力のなさ。どうやら、知能はあまり高くないようね・・・)
もしかしたら、と咲紀はひらめいた。
(この蛇を言いくるめられたら、助かるかもしれない。それどころか、父を殺した連中へ復習さえ可能だわ!)
貪欲に生を求める女は、獣のようにギラギラと目を光らせた。目の悪い蛇へ、おとなしい娘を装った口調で続ける。
「こ、この衣は、父からもらったものよ。・・・その譲葉という女の血を引く者は、先日ここに嫁ぎに来る途中、事故で死んだわ。でも、村から消えたもう一人の女がいるわ。病気がちの死にぞこないだけど、生きているかもしれない。あなたが直接、探しに出たら?」
『・・・我は巣穴から離れられぬ。その女の顔を知っているのなら、お前が探しにゆくのだ、我妻(わがつま)よ』
『我妻』――そう呼ばれた咲紀は、ほくそ笑んだ。
(どうやら、私は当分、死なずにすむようね)
蛇の脳裏には、先日巣穴の近くで死んだ娘と、それを連れ帰る獏の姿が浮かんだ。
「その死んだはずの娘は生きている。母子ともにな。ユズリハの縁者と知っていればあの場で喰らっていたが・・・・・・」
奴婢の娘が生きている。咲紀は目を丸くし、村人はざわめき立った。
(ほら。運が向いてきた)
嫌な予感で怪訝な顔の村長たちへ、咲紀は凄まじい殺気を込めて笑ってみせた。