つるりとした尊顔が、暗闇からぬっと現れた。白と思われた体は、ガラガラヘビのように邪(よこしま)な模様。毒蛇が、そのまま巨大化したような風体だ。
「ひぃっ!?」
村の男の一人が、顔を上げてしまった。蛇の姿を間近で見て、耐えきれず腰を抜かす。
『フフ。我が醜(みにく)いか?』
大蛇は男へ、その何倍も巨大な顔を近づける。真っ赤な舌で男をべろりと舐め上げた。
シャッ!!
蛇はガバリと大口を開けた。残像を残すほどの速さで、獲物めがけ喰らいつく。
男は悲鳴をあげる暇もあたえられない。頭からアグアグと、丸呑みにされた。飲み込まれる途中に長い牙が皮膚を裂く。滴り落ちた真っ赤な鮮血は、乾いた地面の砂を染めた。
「――・・・!」
村長と他の村人たちは、身動ぎすらせず、ひたすら岩になった気持ちで耐えた。頭上から、男の骨が砕けるゾッとする音、降りそそぐ血の雨を、酸っぱいつばを飲み下して耐える。
それは咲紀も同様だった。
(わ、わたし、は、今から、こいつと同じ目に・・・?)
冗談じゃない。
咲紀はガタガタと震えが止まらなかった。この蛇は『次はお前の番だ』と言っているのだ。
跡形も残らず、すっぽりと飲み込まれた人間は、蛇の長い食道をぽこりと膨らませている。恐怖を通り越し、気が狂いそうな光景に、人間たちは声すら出せなかった。
やがて蛇は、ぬらり、鎌首をもたげ、神輿に隠れる咲紀へ顔を向けた。
『待ちかねたぞ、ユズリハ・・・』
「っ!?」
咲紀は身をすくめた。
(なにを、言っているの・・・? 私は咲紀よ)
しかし蛇はぬっと顔を近づけると、血生臭い息を吐きかける。今しがた喰った獲物のせいだ。うっと、こみ上げる強烈な吐き気をこらえ、咲紀は顔をそらした。
逃げたいが、縛られているから身動きも取れない。
蛇は、幸いにも今すぐ生贄を喰う気はなさそうだった。先に村人を喰ったからかもしれない。長い舌で咲紀をベロベロと舐め回す。こみ上げる恐怖と絶望を必死に咲紀は耐える。
やがて蛇の舌は、咲紀が愛用している桃色の衣を舐め始めた。
『これぞまさしく、天女の羽衣・・・』
蛇は舌を引っ込めると、咲紀へ黄色い目玉を向けた。
『だがお前は、ユズリハではないな?』
「っ」
咲紀は低く問われた。慌てて村人の一人が猿轡を外す。ようやく話せるようになった咲紀は、まくし立てた。