急におとなしくなった咲紀。その血走った瞳から、ぽろりと一滴の涙がこぼれた。
(・・・・・・いったい、私はどこで間違えた?)
思い返せども、答えは一向に見つからない。
(奴婢を身代わりにしたから? なによ、今まで黙認してきたくせに。自分たちもあの女を見下して、踏みつけにしてきたくせに。私だけじゃなかったのに!!)
なぜ自分だけ? なぜこんな目に合うの? 父親は打ち殺された。私はあの奴婢で遊んでいただけ。粗相をしても、命までは取らないでやった。いつだって、地面を這いつくばって謝れば許してやった。
なのに、なぜ? それを遥かに上回る仕打ちを受けねばならない? 
(ああ、こんなことなら、あの病気の母親を殺してやればよかった)
咲紀の歪んだ笑みは、この世のどの化け物よりも恐ろしいものだった。
(じっくりいたぶるなんて、面倒なことはしない。あの母娘も村の連中も、その首を私の手で切り落とす。その返り血の雨を、この豪雨に混ぜて、村中に振らせてやる!)
女の恨みは蛇よりも恐ろしい。特に、この咲紀という娘はそら恐ろしい狂気を生まれながらに秘めていた。
(後悔させてやる・・・!)
咲紀は揺れる神輿の中、近づいてくる大蛇(おろち)の巣穴である洞穴を血走った目でギンッと睨んだ。
(私は死なない。死んでたまるものか!)
咲紀の恐ろしい恨み言が聞こえぬ村人と村長たちは、黙々と山を登る。
断崖絶壁の岩山を登り、やがて洞穴までたどり着いた。ゆっくり、神輿をおろす。・・・幸い、ここに至るまで、大雨に立ち往生せずにすんだ。つまり、大蛇が許したということだ。
洞穴の入り口。村長四人を先頭に、巣穴へ向かって、いっせいに深く平身低頭する。真っ暗な洞穴からは砂埃とともに、ゴォッと生暖かい風が吹く。外は豪雨が岩場を打ち付けているが、洞穴の中は乾燥している。
「大蛇さま。生贄をすり替えたこと、平に、平にお詫び申し上げます」
村長は、震えをこらえて、はっきりと言葉にする事を意識した。これ以上無礼を働けば、命はない。
すると、身の毛のそそけ立つような、生き物の動く気配が洞穴の奥から響いてきた。

ズリッ。
ズル・・・。

体を地面に擦りつける音。地を這う生き物の、チロチロと長い舌が舌なめずりする気配。
咲紀は体が石のように動かなくなった。それは他の村人も同様だ。ここ百年、大蛇の姿を直接見たものはいなかったのだから。