夢夜が死んだ日から、大蛇の怒りを物語るように、雨はやまない。土砂降りの雨に打たれ、体を泥へ投げ出された親子は、恐怖で怒声を上げた。
「待って! お父さまを傷つけるものは許さないっ!!」
咲紀は声が枯れそうなほど懇願した。
殺してやる。
こんな事、この私が許さない!!
しかし小娘がどれほど恨みを込めて睨みつけようと、老齢の村長たちには全く効果がなかった。
「泉は氾濫し、村の半分は浸水してしまった。家を失ったもの、洪水で死んだ者たちにどう言い訳するつもりだ?」
「それは私達のせいじゃないわ! 途中で死んだ、あの奴婢が悪いのよ!!」
咲紀は怒りの矛先を、夢夜へ向けた。
「それは違う。そもそも奴婢を身代わりに仕立て上げた時点で、万死に値する罪だ。・・・愚か者共が。五十年前、だれの犠牲のおかげで、ぬくぬくと贅沢な暮らしができたと?」
「・・・・・・私に、姪(めい)など、いない」
重い口を開いたのは、咲紀の父親だ。村長たちは、それぞれ「呆れた奴め」と罵(ののし)った。
「そなたの顔を立てて、譲葉の娘たちへの仕打ちに目をつぶっていたが、もはやその必要すらない」
――やれ!
鞭が重低音をたて、うなる。それは男の肉を裂き、骨を砕いた。
男のうめき声と、娘の絶叫が同時にほとばしる。
しばらく雨空へ轟いた父親の絶叫は、次第に弱まり、やがて止まった。娘の恫喝が残るのみだった。



その日のうちに、咲紀は花嫁衣装も着せられぬまま例の生贄を運ぶ神輿へ、体を縛り上げられ押し込められる。
顔は隠していないから、大蛇はすぐに咲紀だとわかるだろう。
自害せぬよう、口に猿轡(さるぐつわ)を噛ませられ、恨み言も吐けない咲紀は、誰もかばうものがいない現実に絶望した。
以前、生贄に出される間際、夢夜が言った言葉。
『咲紀。あなたは〈ほんとうの意味で〉誰にも愛されないわ。今までも。この先も』
悪夢だ。
咲紀は神輿の担ぎ手の頭を蹴飛ばした。

(夢だ 夢だ 夢だ 夢だ 夢だァ!!)

喉から声を絞り出し、喚(わめ)き散らす。
「なにしやがる! てめぇはもう、村長の娘でもなんでもねぇんだぞ!?」
当然のごとく、蹴られた担ぎ手は怒り、平手打ちした。バチン、という音、生まれて初めて殴られた咲紀の頬はじんじんとしたミミズ腫れの痛みが広がる。
(――・・・これは夢なのよ)