肩にあるのは、おぼろげな手のひらの感触なんかじゃなくて。あたたかくて、ちょっと湿った手。
「愛する人の幸せを、別れた後も願えるなんて。ほんとうにお祖母様は幸せものです」
娘も、おんぶで良かったと思った。
(・・・言えない。言えるわけがない)
娘は瞼をふせる。その瞳は、にぶく霞んでいた。
(おばあさまに嫉妬しているなんて。いまも、そんな話を聞かされても、まだやきもちを焼いているなんて。あさましいわたしの心を、口にする訳にはいかない)
娘はいくども生死の狭間をくぐり抜けてきた。
かばってくれる人などいない世界で。いつだって、一人で。
自力で、生き延びてきた。
――やはり、愛されていた祖母がうらやましい。
娘は、獏の首にそっと寄り添った。
(獏さま。罪深いわたしを、嫌いにならないで)
せっかく元気を出し始めた彼に、このあさましい顔を、見られたくない。
葛藤に気づかない獏は、しばし感慨にふけった。
この娘だって、つらい思いをしてきただろうに。
鞭打たれ、虐待の限りを尽くされ、生きることすら投げ出したくなった日だってあっただろうに。
どうしてこうも、優しい言葉を言えるのか。
「・・・強い娘だな、そなたは」
すると、深く沈んだような声がした。
「強くなど、ありません。・・・ただ、生きたいなら、生きていきたいなら、そうするべきです」
獏は胸を突かれた。
(そうか・・・。この娘の強さの源は、生きることに貪欲なところだ)
――幸せに、貪欲になってください。
力強く背中を押されたような気がする。
生きているかすら、曖昧な存在の幻獣に生命の息吹を吹き込んでくれた。
(ああ、私はこれを求めていた)
薄情なところですら許してくれる人を。
欲望に忠実な生き方。それを後押ししてくれる人を。
すでにそばにいたのだ。ずっと探していた、待ち人は。
(私の待ち人は、この娘だったのか)
ほろほろと、自らをがんじがらめに縛っていた糸がほつれ、ちぎれた。
もう、自由だ。
やっと、過去の鎖がちぎれた。背におう彼女が、自由にしてくれた。
愛するだけではない。愛してくれる人。
愛も幸せも。奴婢であった彼女より、よほど――・・・。
(愛情に飢えていたのは、私の方だったのか)
もう孤独はない。
ぽっかり空いてしまった心の空洞。そこにかすかに薫は花のかおり。
彼女の髪のかおり。
「愛する人の幸せを、別れた後も願えるなんて。ほんとうにお祖母様は幸せものです」
娘も、おんぶで良かったと思った。
(・・・言えない。言えるわけがない)
娘は瞼をふせる。その瞳は、にぶく霞んでいた。
(おばあさまに嫉妬しているなんて。いまも、そんな話を聞かされても、まだやきもちを焼いているなんて。あさましいわたしの心を、口にする訳にはいかない)
娘はいくども生死の狭間をくぐり抜けてきた。
かばってくれる人などいない世界で。いつだって、一人で。
自力で、生き延びてきた。
――やはり、愛されていた祖母がうらやましい。
娘は、獏の首にそっと寄り添った。
(獏さま。罪深いわたしを、嫌いにならないで)
せっかく元気を出し始めた彼に、このあさましい顔を、見られたくない。
葛藤に気づかない獏は、しばし感慨にふけった。
この娘だって、つらい思いをしてきただろうに。
鞭打たれ、虐待の限りを尽くされ、生きることすら投げ出したくなった日だってあっただろうに。
どうしてこうも、優しい言葉を言えるのか。
「・・・強い娘だな、そなたは」
すると、深く沈んだような声がした。
「強くなど、ありません。・・・ただ、生きたいなら、生きていきたいなら、そうするべきです」
獏は胸を突かれた。
(そうか・・・。この娘の強さの源は、生きることに貪欲なところだ)
――幸せに、貪欲になってください。
力強く背中を押されたような気がする。
生きているかすら、曖昧な存在の幻獣に生命の息吹を吹き込んでくれた。
(ああ、私はこれを求めていた)
薄情なところですら許してくれる人を。
欲望に忠実な生き方。それを後押ししてくれる人を。
すでにそばにいたのだ。ずっと探していた、待ち人は。
(私の待ち人は、この娘だったのか)
ほろほろと、自らをがんじがらめに縛っていた糸がほつれ、ちぎれた。
もう、自由だ。
やっと、過去の鎖がちぎれた。背におう彼女が、自由にしてくれた。
愛するだけではない。愛してくれる人。
愛も幸せも。奴婢であった彼女より、よほど――・・・。
(愛情に飢えていたのは、私の方だったのか)
もう孤独はない。
ぽっかり空いてしまった心の空洞。そこにかすかに薫は花のかおり。
彼女の髪のかおり。

