全身を浸かって表現するのは、こうも面白く、こんな自分でも美しくなれるような気にさせてくれるものだったのか。
背中の古傷に、翼が生えたような気がした。
もっともっと、うまくなりたい。
なにかに夢中になるのは、はじめてだ。
・・・が、ふと、ある男と目があって、動きを止めた。
獏が、離れた木陰に立っていた。
娘は息を呑んだ。いつからそこにいたんだろう。
(また、あの目。私じゃない、違う人を見ているような瞳・・・)
くるりと、踵を返して獏は行ってしまう。
娘は、すっかり酔いが冷めた。
ずん、と肺が重くなる。
また、祖母を思い出したのだろうか。
大好きな踊りは、もう二度と舞えない。舞いたくない。
背中の古傷より、重い枷(かせ)となった気がした。
獏は部屋へ戻ると、明かりもつけずに座り込んだ。
(まったく、譲葉とは似ていなかった)
譲葉の面影を捜して、ついつい警戒しながら見ていた。でも似ていたのは天性の才だけ。
譲葉が蝶なら、娘の踊り方は、天竺にいるというハナカマキリだ。花びらに擬態した鎌で獲物をとらえる虫。
荒々しく勇ましい、挑むようなもの。
性格の違いだろうが、いずれも違う魅力、趣があった。
勝手に期待して、面影を捜しておいて。どこにも彼女がいなかったことに落胆して。
でも、
「私は、安堵しているのか」
ホッとしているのだ。
あの娘は、譲葉に似ていなかった。それにとても安堵したのだ。
彼女との思い出は、甘酸っぱいと同時に痛烈な傷となっていた。
同じ別れでも、死別はまったく違う。もう二度と会えないのは同じはずなのに。
だから、こう思ってしまう。
――もう一度会いたい人は、二度と会いたくないひと・・・かもしれないと。
故人からすれば、涙が出るような薄情さが、残されたものには生きる糧となることを、はじめて知った。
(すまない。譲葉・・・)
――私は、君を思い出すことから逃げ出したい、・・・などと、思ってしまった。
「軽蔑してくれ」
獏は自嘲し、そのまま机に突っ伏した。
眠りに落ちる。
庭からは「寝たのかな?」と、娘が行きたい感情をこらえ、うずうずしながら、見守っていた。
背中の古傷に、翼が生えたような気がした。
もっともっと、うまくなりたい。
なにかに夢中になるのは、はじめてだ。
・・・が、ふと、ある男と目があって、動きを止めた。
獏が、離れた木陰に立っていた。
娘は息を呑んだ。いつからそこにいたんだろう。
(また、あの目。私じゃない、違う人を見ているような瞳・・・)
くるりと、踵を返して獏は行ってしまう。
娘は、すっかり酔いが冷めた。
ずん、と肺が重くなる。
また、祖母を思い出したのだろうか。
大好きな踊りは、もう二度と舞えない。舞いたくない。
背中の古傷より、重い枷(かせ)となった気がした。
獏は部屋へ戻ると、明かりもつけずに座り込んだ。
(まったく、譲葉とは似ていなかった)
譲葉の面影を捜して、ついつい警戒しながら見ていた。でも似ていたのは天性の才だけ。
譲葉が蝶なら、娘の踊り方は、天竺にいるというハナカマキリだ。花びらに擬態した鎌で獲物をとらえる虫。
荒々しく勇ましい、挑むようなもの。
性格の違いだろうが、いずれも違う魅力、趣があった。
勝手に期待して、面影を捜しておいて。どこにも彼女がいなかったことに落胆して。
でも、
「私は、安堵しているのか」
ホッとしているのだ。
あの娘は、譲葉に似ていなかった。それにとても安堵したのだ。
彼女との思い出は、甘酸っぱいと同時に痛烈な傷となっていた。
同じ別れでも、死別はまったく違う。もう二度と会えないのは同じはずなのに。
だから、こう思ってしまう。
――もう一度会いたい人は、二度と会いたくないひと・・・かもしれないと。
故人からすれば、涙が出るような薄情さが、残されたものには生きる糧となることを、はじめて知った。
(すまない。譲葉・・・)
――私は、君を思い出すことから逃げ出したい、・・・などと、思ってしまった。
「軽蔑してくれ」
獏は自嘲し、そのまま机に突っ伏した。
眠りに落ちる。
庭からは「寝たのかな?」と、娘が行きたい感情をこらえ、うずうずしながら、見守っていた。

