獏の夢結び

一日中連れ回された娘は、疲れ果て、腹がすいた。
誘惑に負け、厨へ向かう。
夜だからだろう。誰もおらず、明かりも灯っていない。
村にいた頃は、盗み食いなどありえないことだったが、こうして小腹がすいたときにとがめられないのはありがたい。
作り置きの食材をいくつか失敬し、ふと膳に目が行った。
獏の夜食のようだ。
蒸し菓子が、うまそうに照り輝いている。
娘はしばらく、自分の欲望と葛藤した。・・・が、つい手が出た。
(許してください獏様。・・・ひとつだけ)
みみちいネズミのような所業だが、心の広い彼なら許してくれるだろう。
ひとつだけ、菓子をつまみ、変わった風味の食べ物だなと思いながら咀嚼した。

――・・・・・・酒が入っているとも知らずに。



厨を出た娘は、不思議なふわふわとした感覚になった。
(なにこれ。おもしろい。雲の上を歩いているみたい・・・)
鳥が旋回するようにくるくる回っては、柱に激突して顔をしかめた。
(なにか・・・いけないものを食べたてしまったのかな?)
だが腹を下す様子はない。悪いものではなさそうだった。
とにかく高揚した気分は最高で、娘はふらふらと、庭へ出た。
屋敷の中は、行儀作法にうるさい狐牡丹が目を光らせている。
野外のほうが気楽だ。
やはり仙人が言う通り、自分は〈野生児〉だと自覚して、おかしくなった。
開けた場所へ出て・・・ふと、昼間見た踊りの振り付けを思い出す。シラフなら恥ずかしくて惨めになるから、ぜったいやらない。
でも今なら獏は留守だし、だれも庭などにこない。

ふらふらと、気分良く、脱力したまま舞いはじめた。
「ふ・・・っ」
最初は遊びだったそれは、次第に娘を本気にさせた。
蟷螂(かまきり)の鎌のように指先を細くするどく、意識して。
蟷螂は蝶を狩る狩人だが、その動きは繊細で洗練された〈美〉がある。それを表現したい。しっとりと妖艶な笑みを貼り付け、袖の隙間から流し目で月を愛でる。
天女にしては勇ましい。しかし、剣舞のようなあやうい〈美〉は見るものを魅了する。

――〈才女の華〉を娘は持っていた。


仙人はそれを、離れた場所から木の枝に腰掛け、酒を煽りながら見ていた。
「さっすが、譲葉の孫。一度見ただけで習得しやがった」
初心者にもかかわらず、昼間の天女たちより抜きん出ている。


娘は見物人に気づかず、舞いに陶酔した。

ああ、楽しい!