獏が問うと、天女はうなずいた。
「夜は外出を禁じられているから。今日はあなたのおかげで見ることができたのね」
譲葉は何気なく言ったつもりだろうが、獏は不思議な居心地の良さを感じていた。基本的に女性とは反りが合わないことがほとんどだった。
譲葉の言動に遠慮がないからかもしれない。だから。
――たのしい、とほんの少しだけ思ってしまった。
譲葉はホタルを指に止めて見とれていた。何気なく髪をかきあげるその仕草に目が釘付けになり、あわてて視線を引き剥がす。
(私はなにも見ていない)
認めたくない感情が胸の中でくすぶり始めたのにうすうす気づいたが、無愛想を保つため唇を引き結んで気合を入れた。
「・・・何匹か、もってかえるか?」
譲葉は首を振った。
「ホタルは、二週間程度で死んでしまうんでしょ。そんな可愛そうなことはできないわ」
そっと、指先のホタルを笹の葉に戻す。
「誰かに愛されたくて身を焦がしているの。ほんとうにいじらしい子たちよね・・・」
彼女は言う。
――ねぇ、あなた。誰かと出会えるといいわね。
ホタルに言っているのに、その声はどこまでも優しくて。獏は目を丸くした。
「・・・また来年、ここにこようか?」
気がついたら、そんな事を口走っていた。
「待てっ! い、いまのは違うっ・・・!」
獏はぎょっとして口を抑え、訂正しようとしたが、手遅れだった。
譲葉はさっとたちあがると、「ほんとうっ?」と食いついてきた。
「っ」
その笑顔は、十五夜の月が雲の切れ間から覗いたような、目を奪われるものだった。
翌朝、自らの屋敷に戻った獏は、〈夢糸の庭園〉へと向かった。獏のみが出入りを許される場所である。
やがて譲葉の糸を確認した獏は、首をひねった。
自分に絡みついてくる糸は多い。なのに。
二人の糸は一向に、より合う気配がなかったのだ。
――・・・と、なれば結論はひとつ。
(友人としても、縁がないひとだということなのか?)
譲葉とは昨夜かぎりの縁。あれは蛍火のような、儚(はかな)くもろい夢のような時間だったのだ。
獏は深く、息を吐いた。
これっきり、譲葉とはもう出会うこともないだろう。
だから。
隙間風がふくような心地がしたのは、きっと気のせい。
獏は庭園を出ると、夏のぬるい風に髪をあそばせるまま、しばし、たたずんでいた。
だが心とは正直なものだ。
「夜は外出を禁じられているから。今日はあなたのおかげで見ることができたのね」
譲葉は何気なく言ったつもりだろうが、獏は不思議な居心地の良さを感じていた。基本的に女性とは反りが合わないことがほとんどだった。
譲葉の言動に遠慮がないからかもしれない。だから。
――たのしい、とほんの少しだけ思ってしまった。
譲葉はホタルを指に止めて見とれていた。何気なく髪をかきあげるその仕草に目が釘付けになり、あわてて視線を引き剥がす。
(私はなにも見ていない)
認めたくない感情が胸の中でくすぶり始めたのにうすうす気づいたが、無愛想を保つため唇を引き結んで気合を入れた。
「・・・何匹か、もってかえるか?」
譲葉は首を振った。
「ホタルは、二週間程度で死んでしまうんでしょ。そんな可愛そうなことはできないわ」
そっと、指先のホタルを笹の葉に戻す。
「誰かに愛されたくて身を焦がしているの。ほんとうにいじらしい子たちよね・・・」
彼女は言う。
――ねぇ、あなた。誰かと出会えるといいわね。
ホタルに言っているのに、その声はどこまでも優しくて。獏は目を丸くした。
「・・・また来年、ここにこようか?」
気がついたら、そんな事を口走っていた。
「待てっ! い、いまのは違うっ・・・!」
獏はぎょっとして口を抑え、訂正しようとしたが、手遅れだった。
譲葉はさっとたちあがると、「ほんとうっ?」と食いついてきた。
「っ」
その笑顔は、十五夜の月が雲の切れ間から覗いたような、目を奪われるものだった。
翌朝、自らの屋敷に戻った獏は、〈夢糸の庭園〉へと向かった。獏のみが出入りを許される場所である。
やがて譲葉の糸を確認した獏は、首をひねった。
自分に絡みついてくる糸は多い。なのに。
二人の糸は一向に、より合う気配がなかったのだ。
――・・・と、なれば結論はひとつ。
(友人としても、縁がないひとだということなのか?)
譲葉とは昨夜かぎりの縁。あれは蛍火のような、儚(はかな)くもろい夢のような時間だったのだ。
獏は深く、息を吐いた。
これっきり、譲葉とはもう出会うこともないだろう。
だから。
隙間風がふくような心地がしたのは、きっと気のせい。
獏は庭園を出ると、夏のぬるい風に髪をあそばせるまま、しばし、たたずんでいた。
だが心とは正直なものだ。

