獏の夢結び

しかたなく、獏は言った。
「私を池に引きずり込んだ償いをしたいと言ったな。ならば今度、満月の夜に付き合え」
譲葉は涙が引っ込み、きょとんとした。
「それはいいけど・・・。なぜ夜なの?」
夜のお誘いか? いぶかしむ天女へ、幻獣は仕返しとせせら笑った。
「案ずるな。見せたいものがあるだけだ。おまえの体になぞ微塵も興味がないから安心しろ」
「なっ!?」
譲葉はかあっと顔を赤らめた。
「そんなこと期待してないわ! 馬鹿じゃないの、あなた!」
近場にあるものをつぎつぎと投げつけてくる。
「すました顔して、なんて腹黒で意地が悪いのかしら! みんなに言いふらしてやるわ、獏さまはけっして冷酷な執行人でもタンパクな人でもないって!」
湯呑の次に花瓶を手にとった譲葉の剣幕に、さすがの獏も退散した。

屋敷を出て、ほっとため息をつく。
「冷酷じゃない、か・・・。はじめて言われた」
ふと、そう言うと、彼は満足げに立ち去った。


満月の晩。待ち合わせの小川で獏は立っていた。
「遅かったな。来ないかと思った」
「来るわよ。服を汚したのは変わらないからね」
譲葉は警戒しながら言った。
「また変なこと言ったら、池に突き落とすけど」
どうやら恨みは根深いらしい。獏は苦笑して、その手を引っ張った。
「ちょっと!」
「みせたいものは天上界(ここ)にはない。下界へ降りるぞ」


そのまま、現世――清水村の泉へと、二人は降りていった。



「そこに座れ」
獏は近場の岩に座らせる。あたりは人気もなく(いても人間だが)、譲葉の不安をかき立てた。
「ねえ、こんなところになにがあるの?」
「月が隠れればわかる」
譲葉は怪訝な顔をした。
「ただのの暇つぶしなら、帰るわよ」
「・・・天女が約束を違えるのか?」
獏は優雅に団扇(うちわ)で顔を仰いだ。夏の夜は蒸し暑い。じっくりと汗ばみ、厚着をしてきた譲葉はくらくらしてきた。
一時ほど、そうしていたが、譲葉は耐えかねて立ち上がる。
「もうっ、なにも起こらないじゃない。帰ってもいい?」
「まて。・・・やっと月が隠れた」
獏は団扇を閉じると、池を指す。真っ暗になったそこには、緑の光がほのかに灯り始めた。
――これは・・・。
「ホタルだわ」
譲葉は感嘆した。無数のホタルが、光の糸を引きながら、ポウッ・・・と灯っている。
「見るのは、はじめてか?」