言わずと知れた、陰と陽だ。相容れない。

「よいしょ」
譲葉は不慣れな様子で、おずおずと獏の腕へ袖を通す。帯をしめるとき、自然と抱きしめるようなかたちになって、互いの気まずさが倍増した。
沈黙に耐えきれず、獏のほうが折れて声をかけた。
「君は、いつもあのような場所で遊んでいるのか?」
「そうよ。私は機織りが嫌いなの。舞いは好きだけど。・・・お父様に閉じ込められるのも、お仕えするのも疲れたとき、ああしていっときの自由を満喫しているのよ」
譲葉はできた、と満足げに手を叩いた。・・・しかし襟はぐしゃぐしゃ、帯はだらりと締まりがたりない。
再びじっとりとにらむ獏の剣幕に押され、譲葉はうつむいた。
「・・・この調子では、嫁の貰い手はいないな」
獏は結局、自分で着付けしながら嫌味ったらしく言う。
すると譲葉はむくれた。
「余計なお世話よ。あなた、獏でしょう。噂は聞いてるわ。あなたに告白する娘はみな玉砕して泣いて帰るのに、求婚者は引きも切らないって。私よりはるかにだらしないんじゃなくて?」
「なに? 私がふしだらだと言うのか?」
獏はぷつんと怒りが湧いた。
「ええ、そうよ。泣かされた娘の中には、私の友達も入っているんですからね。あなたに薬を持って本懐を遂げてやるって泣きわめいていたわ。・・・フフ、せいぜい、戸締まりに気をつけるのね。失恋した女はなにするかわからないわよ」
譲葉は不敵に笑う。うぬぬ、と獏は怒るに怒れず、ついでにその友人の執念にぞっと悪寒が走った。
獏は神々からも恐れられる幻獣だ。天帝より運命を左右する絶対的な権限をあたえられている。天帝の命令によっては、死刑を執行することだってあるのだ。
獏を怒らせれば、神であれ命の保証はない。
譲葉は承知の上で噛みついてきている。その友人も、たいした度胸だ。
しぶしぶ、獏は言う。
「好きでもないのに付き合うほうが無礼だろう。それに私は、傷つけるような言い方はしていない」
「してるわよ。たったひとこと、『ほかを当たれ』なんて、タンパクにもほどがあるわ」
「・・・君、可愛くないと言われるだろう」
仕返しに嫌味を言ってやった。
譲葉はちょっと口をつぐんだ。
「・・・・・・言われないわよ。あなた以外にはね」
あ、これは傷つけた。――獏は失言したと眉を寄せた。
気丈に振る舞っているが、その瞳にはじわり涙がたまりつつある。