かつての恋人の天女――譲葉(ゆずりは)の記憶を呼び起こすものだった。
獏は天帝よりつくられた幻獣。
彼女は天帝の娘。
おのずと出会う確率は増える。
はじめて彼女を目にしたのは、蓮の花が咲き乱れる庭園の池だった。
譲葉は気ままに蝶とたわむれていた。風に遊ぶ羽衣、長い銀色の髪。翡翠のかんざしはシャラと揺れ、彼女の存在そのものがまるで蝶のようだった。
軽やかな脚で、飛び石の上をとぶ。その笑顔はなにものにも縛られず、カタブツと揶揄される自分とは違い、とても自由だった。
・・・眩しいほどに。
「譲葉さま! 危のうございます!」
おつきの侍女たちが止めるが、彼女はきかない。
「きゃあっ!?」
つるっと、足を滑らせ池に落ちた。
獏はため息を付いた。
(しょせん、おてんばな苦労知らずのお嬢さまか)
蓮は泥水に咲く。美しい着物も顔も泥だらけになりながら、底なし沼のような池で助けを求める。
「・・・つかまれ」
手がかかると思いながら、溺れる彼女へ手を差し出した。素通りは気が引けたからだ。
刹那、彼女は強い力でぐいっと引っ張った。
「!?」
獏は池へ引きずり込まれる。共にずぶ濡れになるはめになった。
「あの。ごめんなさい、今服をかわかしているわ」
譲葉の屋敷へ招かれ、彼女は申し訳無さそうに頭を下げた。
「いや・・・」
気まずい沈黙。出されたあつい茶を飲みながら、風呂上がりの獏は、助けるんじゃなかったとじっとり女をにらむ。
「あのね、悪気はなかったの。・・・ほんとうにごめんなさい! よかったら、なにか償いをさせてほしいのだけれど」
譲葉は両手で拝みながら、ちらりと獏の顔色をうかがった。その仕草は叱られた童のよう。・・・獏はかすかにトクン、と胸がうずいたが、もみ消した。
「あれは事故だ。気にしなくていい」
「でも・・・」
すると、言葉を遮るように、侍女が変わりの服を持ってきた。獏は着替えのため立ち上がる。
「あ、私が手伝うわ」
侍女を下がらせ、譲葉は服を手に取る。一人でできないわけではないが、それで彼女の気が済むのならいいだろう。
獏は近寄ってくる彼女の気配に、ついっと目をそらした。
なんとなく、彼女は苦手だ。
世話焼きで、そのくせ融通がきかない。天真爛漫な笑顔もしぐさも、まぶしいくらいだ。
(日陰者の私とは、まるでちがうな)
夢に生きる、曖昧な存在の獏。
天帝の娘の天女。
獏は天帝よりつくられた幻獣。
彼女は天帝の娘。
おのずと出会う確率は増える。
はじめて彼女を目にしたのは、蓮の花が咲き乱れる庭園の池だった。
譲葉は気ままに蝶とたわむれていた。風に遊ぶ羽衣、長い銀色の髪。翡翠のかんざしはシャラと揺れ、彼女の存在そのものがまるで蝶のようだった。
軽やかな脚で、飛び石の上をとぶ。その笑顔はなにものにも縛られず、カタブツと揶揄される自分とは違い、とても自由だった。
・・・眩しいほどに。
「譲葉さま! 危のうございます!」
おつきの侍女たちが止めるが、彼女はきかない。
「きゃあっ!?」
つるっと、足を滑らせ池に落ちた。
獏はため息を付いた。
(しょせん、おてんばな苦労知らずのお嬢さまか)
蓮は泥水に咲く。美しい着物も顔も泥だらけになりながら、底なし沼のような池で助けを求める。
「・・・つかまれ」
手がかかると思いながら、溺れる彼女へ手を差し出した。素通りは気が引けたからだ。
刹那、彼女は強い力でぐいっと引っ張った。
「!?」
獏は池へ引きずり込まれる。共にずぶ濡れになるはめになった。
「あの。ごめんなさい、今服をかわかしているわ」
譲葉の屋敷へ招かれ、彼女は申し訳無さそうに頭を下げた。
「いや・・・」
気まずい沈黙。出されたあつい茶を飲みながら、風呂上がりの獏は、助けるんじゃなかったとじっとり女をにらむ。
「あのね、悪気はなかったの。・・・ほんとうにごめんなさい! よかったら、なにか償いをさせてほしいのだけれど」
譲葉は両手で拝みながら、ちらりと獏の顔色をうかがった。その仕草は叱られた童のよう。・・・獏はかすかにトクン、と胸がうずいたが、もみ消した。
「あれは事故だ。気にしなくていい」
「でも・・・」
すると、言葉を遮るように、侍女が変わりの服を持ってきた。獏は着替えのため立ち上がる。
「あ、私が手伝うわ」
侍女を下がらせ、譲葉は服を手に取る。一人でできないわけではないが、それで彼女の気が済むのならいいだろう。
獏は近寄ってくる彼女の気配に、ついっと目をそらした。
なんとなく、彼女は苦手だ。
世話焼きで、そのくせ融通がきかない。天真爛漫な笑顔もしぐさも、まぶしいくらいだ。
(日陰者の私とは、まるでちがうな)
夢に生きる、曖昧な存在の獏。
天帝の娘の天女。

