仙人と獏は顔を見合わせる。
「白羽の矢ってのは、生贄のことだよな? もしかしてその神さんは、清水村の、あのデカい蛇のことか?」
和葉は目を丸くした。
「大蛇様をご存知なのですか!?」
「あたぼうよ。俺は仙人だぜ、舐めてもらっちゃ困る」
仙人は小さい胸をそらし、蔦の巻き付いた杖でこつん、と床をつく。これでも知識はあるのだ。一応。
いっぽう、獏は裂けそうなほど痛む心をひた隠しにして、尋ねた。
「譲葉は、・・・生贄に選ばれたのか」
震える声。
死の足音がする。
五十年たった今になって、もうとっくに決まった結末を、想い人の最後を。
耳を塞ぎたい事実から、でも目をそらすことすらできなくて。
一日も彼女を忘れたことなどなかった。
誰よりもずっと、愛していたから。
「生贄に行くと、自分から言いました」
獏はとうとう、席を立った。窓辺へ向かい、星空を見上げるふりをして。こぼれ落ちる涙を、誰にもみせない。
和葉は続ける。彼女も、声が震えていた。
四歳だったとはいえ、記憶は残っているものだ。特に、悲しい記憶は。
「村を守りたい。わたくしと父を守りたいから、生贄なんて自分で最後にしたいと」
(馬鹿な女め!)
獏はギリッと血がにじむほど唇を噛んだ。
彼女の匂いが、鮮明によみがえる。
――ああ、そういう女だった、譲葉は。
自らを犠牲にしてまで、愛する人を護る。そういう女だ。
故人は今、ここにいるような気がした。
譲葉の魂は甘く切ない花のかおりを漂わせながら、獏の背に寄り添っている。
獏の肩に両手を添えて。
(君は、馬鹿だ・・・。死んでまでなお、私を気遣うことはないのに)
目に見えない、たおやかな手に、自分のそれを重ねる。
もう記憶の中でしか逢えないひと。
その手がどんな形をしていたか、記憶もおぼろげで。
でもその感触だけは、どれだけ時間が立っても忘れられないのだ。
獏は繰り返し、繰り返し自分に言い聞かせる。
譲葉は自分から向かった。それは彼女が自ら選択したこと。
人間と結ばれる道を選んだのも。築き上げた家庭を護りたいと大蛇に立ち向かったのも。
すべて、彼女の、選択。
(出会った頃からそうだった。君は、こうと決めたら頑固で譲らない)
獏はそっと、自らの肩に手を添えた。
ここに、譲葉の手がある。
――五十年の時を超えて、君は帰ってきた。
こんな形で、なんて。
「白羽の矢ってのは、生贄のことだよな? もしかしてその神さんは、清水村の、あのデカい蛇のことか?」
和葉は目を丸くした。
「大蛇様をご存知なのですか!?」
「あたぼうよ。俺は仙人だぜ、舐めてもらっちゃ困る」
仙人は小さい胸をそらし、蔦の巻き付いた杖でこつん、と床をつく。これでも知識はあるのだ。一応。
いっぽう、獏は裂けそうなほど痛む心をひた隠しにして、尋ねた。
「譲葉は、・・・生贄に選ばれたのか」
震える声。
死の足音がする。
五十年たった今になって、もうとっくに決まった結末を、想い人の最後を。
耳を塞ぎたい事実から、でも目をそらすことすらできなくて。
一日も彼女を忘れたことなどなかった。
誰よりもずっと、愛していたから。
「生贄に行くと、自分から言いました」
獏はとうとう、席を立った。窓辺へ向かい、星空を見上げるふりをして。こぼれ落ちる涙を、誰にもみせない。
和葉は続ける。彼女も、声が震えていた。
四歳だったとはいえ、記憶は残っているものだ。特に、悲しい記憶は。
「村を守りたい。わたくしと父を守りたいから、生贄なんて自分で最後にしたいと」
(馬鹿な女め!)
獏はギリッと血がにじむほど唇を噛んだ。
彼女の匂いが、鮮明によみがえる。
――ああ、そういう女だった、譲葉は。
自らを犠牲にしてまで、愛する人を護る。そういう女だ。
故人は今、ここにいるような気がした。
譲葉の魂は甘く切ない花のかおりを漂わせながら、獏の背に寄り添っている。
獏の肩に両手を添えて。
(君は、馬鹿だ・・・。死んでまでなお、私を気遣うことはないのに)
目に見えない、たおやかな手に、自分のそれを重ねる。
もう記憶の中でしか逢えないひと。
その手がどんな形をしていたか、記憶もおぼろげで。
でもその感触だけは、どれだけ時間が立っても忘れられないのだ。
獏は繰り返し、繰り返し自分に言い聞かせる。
譲葉は自分から向かった。それは彼女が自ら選択したこと。
人間と結ばれる道を選んだのも。築き上げた家庭を護りたいと大蛇に立ち向かったのも。
すべて、彼女の、選択。
(出会った頃からそうだった。君は、こうと決めたら頑固で譲らない)
獏はそっと、自らの肩に手を添えた。
ここに、譲葉の手がある。
――五十年の時を超えて、君は帰ってきた。
こんな形で、なんて。

