娘の横たわる寝台の隣に席を設け、一同に茶が行き渡ると、和葉は重い口を開いた。
「わたくしの母、譲葉は、天女でございました。気まぐれだったのか、もともとそのつもりだったのか・・・。現世に降りたのです」
譲葉は現世――蛍が飛び交う泉へ降り立った。
羽衣を脱ぎ、近くの枝にかける。
天女にとって、羽衣は命と同等の価値がある。それなのに風にあそばせ、強風が吹いてもなおざりにしていた。
譲葉は草むらに座り込み、うなだれる。
銀の髪に隠れ、顔は見えなかったが、涙のしずくがぽたりぽたりとこぼれ落ちていた。
ただ事ではない。深い悲しみの渦にのまれているようだった。
――それを、一人の人間の男が覗き見ていた。
和葉の父だ。
「羽衣かっさらって、無理やり嫁にしたんじゃねぇだろうな?」
お子ちゃま仙人がぐさりと突っ込んだ。遠慮はないが、これでも友人の危惧を取り除いてやろうと思ってのことだ。
和葉は苦笑し、首を振った。
「父はそんな野蛮ではありませんよ。ただ、伝説にある天女とはずいぶん様子が違っていたものですから、そっと声をかけたそうです」
男は『なぜ泣いているのか』と問うた。
「母はそのまま父と会話するうち、次第に泣き止み、夜もふけたのでその夜は村に泊まったと」
「――」
獏はぎゅっと拳を握った。和葉には悪いが、正直、吐き気がする話だ。
友人はそれを悟ったらしい。「のろけは飛ばしてくれ」とうながす。
和葉はちょっと考え、「では」と先に続ける。
「やがて、二人は相思相愛になり、わたくしが生まれました。父も母も、とても可愛がってくれたことを覚えております。よく親子三人、湖のほとりを散歩したものです」
そうか、と獏は曖昧(あいまい)にうなずいた。
和葉は、急に声色を変えた。
「ところが、わたくしが四つのとき。〈白羽の矢〉が、我が家に立ったのです」

