娘は勝手に結論づけると、そそくさと壺を水に深く沈み込ませた。
ゴボッ。
水音がしんと静かな森に響く。
娘は要領がいい。水を汲むのは、あっという間に終わった。
手早くすませようと思っていたが、やっぱり気になって、娘は男を盗み見た。
影を感じる相貌だ。どこか孤独な匂いがする。
ふわり、蛍(ほたる)が舞う。
一匹だけでさまよう蛍は、光の帯を引きながら娘と男の間をふらふら舞った。木陰から出ると、月光に負けおぼろげな光はかき消されてしまう。
娘は、この場を離れるのに躊躇(ちゅうちょ)した。彼の虚ろな表情が気になったのだ。
しかしお嬢様を待たせるわけにもいかない。
「あ、ありがとうございました。かみさま」
娘はぺこりとお辞儀すると、いそいで壺を頭の上へかつぎ上げた。
(月が出ているうちに、戻らなきゃ)
せっせと森へ小走りで消えていくその背を、男はひそかに見送っていた。
森をぬける途中、無数の獣の気配を感じる。
(きっと、狼(おおかみ)だ)
娘は、ごくりと嫌な味のするつばを飲みこんだ。
倭国の狼は、特殊な習性がある。ころんだり、弱って座り込んだりしない限り襲ってこない。
狼の群れは、娘のあとを執拗(しつよう)に付ける。
痩せこけた体は、弱った動物とみなされたらしい。重い水をよたよたと運ぶ娘が転ぶのを今か今かと、待っている。
水を捨てて走るのは簡単だが、それでは村の人間から殺される。どうあっても、転ばずに集落まで運び切るしかない。
娘は口から心臓が飛び出すような、生きた心地のしない帰路を歩む。
(骨と皮だけのわたしなんて、食べても美味しくないよ)
自虐じみた台詞(せりふ)だが、祈るように心のなかで繰り返した。
背後にばかり注意がそれてしまう。それがいけなかったのかもしれない。
木の根っこに足が引っかかってしまった。
「きゃあっ!?」
ぐらりと体が揺らぐ。
ゆっくりと時が流れているようだった。
娘の目には、よだれをまき散らし牙をむく狼がはっきりと見えた。水がザバッと音を立て、壺が体ごと地面へ投げ出される――・・・!
死を覚悟した。そのとき。
ぱしっ! と、屈強な腕が伸びてきて、壺と娘の体を受け止めた。
「夜道を女がひとり歩きとは、正気か」
娘は息をのんだ。
さきほどの神様が、たいそうご立腹な様子でこちらを見下ろしていた。
ゴボッ。
水音がしんと静かな森に響く。
娘は要領がいい。水を汲むのは、あっという間に終わった。
手早くすませようと思っていたが、やっぱり気になって、娘は男を盗み見た。
影を感じる相貌だ。どこか孤独な匂いがする。
ふわり、蛍(ほたる)が舞う。
一匹だけでさまよう蛍は、光の帯を引きながら娘と男の間をふらふら舞った。木陰から出ると、月光に負けおぼろげな光はかき消されてしまう。
娘は、この場を離れるのに躊躇(ちゅうちょ)した。彼の虚ろな表情が気になったのだ。
しかしお嬢様を待たせるわけにもいかない。
「あ、ありがとうございました。かみさま」
娘はぺこりとお辞儀すると、いそいで壺を頭の上へかつぎ上げた。
(月が出ているうちに、戻らなきゃ)
せっせと森へ小走りで消えていくその背を、男はひそかに見送っていた。
森をぬける途中、無数の獣の気配を感じる。
(きっと、狼(おおかみ)だ)
娘は、ごくりと嫌な味のするつばを飲みこんだ。
倭国の狼は、特殊な習性がある。ころんだり、弱って座り込んだりしない限り襲ってこない。
狼の群れは、娘のあとを執拗(しつよう)に付ける。
痩せこけた体は、弱った動物とみなされたらしい。重い水をよたよたと運ぶ娘が転ぶのを今か今かと、待っている。
水を捨てて走るのは簡単だが、それでは村の人間から殺される。どうあっても、転ばずに集落まで運び切るしかない。
娘は口から心臓が飛び出すような、生きた心地のしない帰路を歩む。
(骨と皮だけのわたしなんて、食べても美味しくないよ)
自虐じみた台詞(せりふ)だが、祈るように心のなかで繰り返した。
背後にばかり注意がそれてしまう。それがいけなかったのかもしれない。
木の根っこに足が引っかかってしまった。
「きゃあっ!?」
ぐらりと体が揺らぐ。
ゆっくりと時が流れているようだった。
娘の目には、よだれをまき散らし牙をむく狼がはっきりと見えた。水がザバッと音を立て、壺が体ごと地面へ投げ出される――・・・!
死を覚悟した。そのとき。
ぱしっ! と、屈強な腕が伸びてきて、壺と娘の体を受け止めた。
「夜道を女がひとり歩きとは、正気か」
娘は息をのんだ。
さきほどの神様が、たいそうご立腹な様子でこちらを見下ろしていた。

