獏の夢結び

豪雨は死者の憎しみを煽(あお)るように、麓の村へふりそそぐ。
白い衣を身にまとう女の遺体は、ぽつんと現場に残されていた。
もう誰も戻ってこない。
だれも娘をさがさない。
そのうち彼女の存在は人々の誰からも忘れ去られるのだろう。

――だがひとり。彼女を案ずる男がいた。


獏は清水村へ降りていた。
今夜も蛍の泉で待っていたが、待てども来なかったのだ。
我ながら滑稽(こっけい)だと思うが、どうにも気になって、村へ行ってみたのだった。


ほとんどの民家は留守だった。
村人総出で、なにか大事が起きているのか。
――『五年に一度、生贄を求めて・・・』
娘の言葉。
嫌な予感が頭をよぎる。
「お助けくださいっ!!」
と叫ぶ女の声がした。
獏ははっとして振り返った。
奴婢なのだろうか。あの娘と同じ汚れた服を着ている。
女は山へ向かってふらふらと、でも必死になって向かっていた。
「その娘はわたしの子なの! お嬢様じゃないのよ!!」
――わたしの子?
獏は瞬時に悟った。この女人はあの娘の母親か。
急ぎ事情を聞くと、獏の推理はあたっていた。
危惧したことが現実になってしまったことも。
獏は天界から従者を呼んだ。
母親をあずけ、みずから探しに出る。
もう少しはやく気づいていれば。
獏は歯噛みする。
今神輿はどこまで進んだのだろう。まだたどり着いていないことを切に願う。

――だが、希望は粉微塵(こなみじん)に砕け散った。

「遅すぎた・・・」
獏は娘の遺体の前で立ちすくんだ。
白い布は血で染まっている。
冷たくなった頬は雨にうたれ、つるりと青白い。
投げ捨てられた血のついた小刀。
殺され、谷底へ落とされた男の血は、雨で薄められてはいるが、ただならぬ不気味な余韻を残していた。
事故がおきたのか。
殺害されたのか。
今は、普段のように冷静に判断することは難しかった。
獏は、白い袖が泥に汚れるのも構わず、膝をつく。
娘のきゃしゃな体を抱き起こした。
ちいさな手をにぎる。
「・・・つめたい」
青白い頬。
あのふわりとわらう顔とは、似ても似つかなかった。
獏はガッと拳で岩の地面を殴りつけた。拳から血が滲み、雨に溶かされてゆく。
「――私は・・・・・・・・・!」
もういちど、娘の笑顔が見たかった。
ただそれだけ。
それだけだったのに。
――自分とかかわった女性は、皆、不幸になってしまう。