村の男達は、同じことを思ったのだろう。手を伸ばし、娘の鼻から息が漏れていないのを確認すると、ぎょっとして手を引っ込めた。
「む、村長・・・! こいつ、死んでいます!!」
嵐はおさまる気配がない。
雨に打たれ、凍える風を体中に浴びながら、村の一行を重い沈黙がのしかかるように包んでいた。
――蛇に差し出す前に生贄が死んでしまった。
どうする!?? どうしたらいい!?
皆、一様に獰猛(どうもう)な顔で、地面に転がる娘を見下ろしていた。
大蛇によって、死が近づいてくる気配を、その場にいる全員感じていた。

やがて、最初に沈黙を破ったのは村長だった。
「・・・・・・・・・ひとまず、村へ帰ろう。この嵐の中、山の頂上へ行くのは危険だ」
村長は、ほつれた角髪(みずら)から雫(しずく)をしたたらせ、青い顔をしていた。唇は真っ白、血の気がない。
村人の一人が、ちっと舌打ちした。
「なんだよ。結局、最初からあんたの娘を差し出せば、丸く収まったことじゃねぇのかよ!」
無駄足だったうえ、大蛇を怒らせた。これは完全に、村長の落ち度だ。
こうなった以上、村の無事は保証されない。
村長は何も言い返さなかった。

――・・・代わりに、懐(ふところ)から小刀を取り出した。

「なにを・・・! うっ!?」
刹那(せつな)、村長は男の心臓を一突きにした。
即死だ。
絶叫するまもなく、男は地面に転がされた。
「・・・ふん」
その体を、村長はどんと蹴った。

哀れ、男は絶壁から転がり落ちると、深い谷底へ消えていった。

その場にいる全員、戦慄が走った。
「殺した・・・!」
「人を殺めるなんて・・・!」
ゾッとして、言葉も出ない。口を抑え、村人たちは震え上がった。
村長は、静かに言う。
「他に、口答えするものはいるか?」
血が滴る小刀。返り血を浴び、生臭い匂いが染み付いた男は、残忍な笑みを浮かべ、村人へ迫る。
「――・・・っ」
誰一人、目を合わせるものはいなかった。
皆、視線をそらし、震える手で空になった神輿を担ぎ直す。
「戻るぞ」
村長の言葉に、すごすごと従う。
蟻(あり)の行列のようだ。従順に、己の身を守るため、無駄口さえたたかない。

村長はそれを見届けると、事をややこしくした娘――奴婢を見下ろし、「役立たずが」と捨てぜりふを吐いて去っていった。



雨はやまない。