どやどやと談笑しながら出ていった。
ぽつんと取り残され、娘は静かに膝を抱えた。
静かな夜。
時おり響く虫の声は虚(むな)しさを掻き立てる。
ふと、あの異国の袍を身にまとった無愛想な男の顔が頭をよぎった。
「獏さまは、今夜も来ているかしら」
出会って二日。あの泉に彼は今日も来ているだろうか。
わたしを、待ってくれているだろうか。
(そうだったらいいな、なんて・・・)
娘たちの色恋の噂(うわさ)で聞いた。
〈夢結び〉という迷信。
恋する相手とは、夢と夢で結ばれているそうだ。相性が良ければ生涯離れることはない。赤い糸とも似た話である。
獏と出逢ったのは先日のことだし、夢に見たことはない。
でも。
――もういちど、逢いたい。
狼から護ってくれたあの腕に、もういちど抱かれたい。
もういちど、助けに来てほしいなんて。
(ばかね、わたし)
はは、とかわいた笑みが浮かんだ。
死にたくなかった。
毎日こころのどこかで死ぬことばかりを考えていた。どうやったら楽に逝けるかなんて。毎日、毎日。繰り返して。
でも今は、こうも胸が張り裂けそうなほど〈生(せい)〉を欲している。
彼の背中を追いかけている。
獏はあの泉で今日も待ってくれているだろうか。
わたしが来ないことに、すこしはがっかりしているだろうか。
わたしと過ごす時間を、楽しいと思ってくれていた・・・?
蛍のように短すぎる逢瀬(おうせ)。
明日にはもう、わたしはこの世にはいない。
――来年にはもう、わたしは彼の記憶にいない。

娘は横になった。猫のように身を縮ませ、ふるえる。
ぽろりと涙がこぼれた。
神輿の床にちいさな水たまりがいくつもできた。
彼は助けに来ない。期待できない。
単純な事実は、どの虐待よりも辛くて。痛い。

それからしばらくして。

大勢の村人の足音が、娘のこころを踏みつけるように響いてきた。
蛇との婚礼の儀式の、始まりだ。
「・・・くっ」
神輿がぐいっと担ぎ上げられた。その浮遊感と絶望を、唇を噛んで耐える。
無言の娘は、うつろな目を村へ投げた。
病の母。
初恋の人。
人生の宝物たちから、無理やり引き剥(は)がされてゆく。

さよならは言えない。
言いたくない。
――わたしはまだ、生きていたい。
こころは残酷なほど正直で。
現実は残酷なほど変わらない。

神輿は止まることなく、娘をさらっていった。