「どうせ、心のなかではわたしに勝った気でいるのでしょう? なにかたくらんでいるのね? 無駄よ。村人総出で蛇の巣穴まで送るのですもの。逃げられやしないわ」
娘はため息をついた。
「咲紀・・・」
と、はじめて名指しで呼ぶ。
娘と咲紀は従姉妹(いとこ)だった。
お嬢さまと呼ばれないことに咲紀は片(かた)眉(まゆ)がはねたが、今はとがめない。
娘は続けた。
「咲紀。あなたは〈ほんとうの意味で〉誰にも愛されないわ。今までも。この先も」
「どういうこと?」
怪訝(けげん)な顔をする咲紀へ、娘はおだやかな視線を向ける。
「あなたが唯一理解できないものは〈愛〉よ」
大勢の人間の屍(しかばね)で築き上げられた、血塗られた階段をひとりでのぼる咲紀。
血の匂いのする場所には、おのずと不幸が集まってくる。
人を利用することしか知らないお嬢さま。
愛を知らない、かわいそうなお嬢さま。
「・・・さようなら」
もうこれ以上、話すことはない。
娘はすこし離れたところで待つ男たちのもとへ向かう。
その足取りは、死出の旅路へ向かうとは思えぬほどかろやかだった。