「この奴婢じゃないなら、この村から若い娘を生贄に出すことになるぞ! それでもいいのか!?」
――――・・・・・・・・・!!
反対派が、静まり返った。
みな、目をそらし、沈黙する。
我が家の娘を生贄に出すなどまっぴらごめんだ。顔にはそう書いてあった。
村人の視線は、当たり前のように奴婢の娘へ集まる。
すさまじい重圧だ。
(わたしをかばってくれる人は、いない)
母がこの場にいたら。護ってくれただろう。
しかし、母は病だ。
(こばめば、お母さんが殺される)
村人の顔はそう物語っている。
――無情だ。
娘は、静かに天をあおいだ。
雲ひとつない青い空。
外の世界は八百万(やおよろず)の命のきらめきに満ちていた。
ささやきあう木々の葉。小鳥のさえずり。風に乗る花の香り・・・・・・。
すべてがまばゆいくらいに美しい。
美しすぎて。――だから酷(こく)なのだ。
(これが、わたしの見る最後の世界)
もう愛でることはできないであろう、故郷の景色。
最後に見た空は、おそろしいくらい綺麗だった。
娘は、強要される前に自ら地へ膝をつく。
ゆっくり、ゆっくりと時間をかけて平身低頭した。
これは最後の抵抗。
虫けら同然の奴婢の、最後のあがきだ。
「ご命令に、従います」
いつもよりはっきりした声が出た。
こんな状況でも、頭を下げるしかなかった。
でもこの行動は、恥(はじ)ではない。
――虫けらには虫けらなりの誇りがある。大切な人の護り方がある。
(わたしは、あなた達の言いなりになるために頭を下げているわけじゃない。お母さんを護(まも)るために、最後にその瞳に映るわたしの姿を、美しく気高くするためにこうするの)
娘はほほえんだ。
咲紀はたっぷりと余裕めいた顔でいたが、不可解な顔をしていた。
奴婢がもっと抵抗すると思っていたらしい。
理解できない様子だった。

娘は再度ほほえむと、立ち上がった。
強固に迫る男たちへ自らついていく。
「待ちなさい」
すれ違いざま、咲紀は娘を呼び止めた。
娘にしか聞こえない声で問う。
「なんで笑っていられるの? あなたは昔からそうだった。私がどれだけ痛めつけても、あなたは次の日には笑っていたわ。今だって、死ぬ運命なのに。どうして?」
咲紀は視線で人払いすると、「ふん」と鼻でせせら笑った。