その事実だけで、ああ、ほろりと涙がこぼれた。
獏は驚き、拘束がゆるむ。
「なぜ、涙を・・・?」
なにか勘違いしているらしい。夢夜はこぼれ落ちる涙をぬぐう。
「うれし、かったから・・・。わたし、は、ずっと、誰かに・・・」

愛されたかった。

やっと言えたその言葉。彼に重苦しいと思われてしまうかもしれない言葉でも、今なら恐れずに言える。
「それは・・・私と同じ気持ちだと?」
夢夜はうなずいた。
獏はあらためて夢夜を抱きしめる。大切な宝物。誰にも渡すまいと、腕の中に閉じ込めるように。
(私はもう、手放さない。あきらめることはしない。・・・あきらめたくないのだ、お前のことだけは)
一度、大切な人を手放してしまった、いや、そうせざるをえなかった。男は誓う。
共に死をえらんでも、必ず彼女をそばに置く。
一度も愛されたことなどなかった娘と、愛していても去るしかなかった男。
互いの理解者であり、愛に貪欲な二人。
「ばく、さま。わたしの名を、呼んでください」
かけがえのない宝物を。あなたがくれた存在の証を。
獏は娘を正面から抱きしめ、耳元で、何度も呼んでやった。
「夢夜。夢夜。ゆめよ・・・」
なんども、なんども口ずさむ名前。
自然と重なる唇。

とろけるような夢の夜はふけてゆく。

しゅる・・・、しゅるり。夢の糸は寄り合い、絡み合ってゆく。
ふたりの夢物語は、永久(とわ)に続いていく。