そっと、震える手で肩をつかんで、ゆっくり、ゆっくり。きしむからだを叱咤して。獏はその小さな花芯のような唇へ顔を寄せる。
鼻と鼻がこすれあい、互いの唇がふれる瞬間――・・・・・・。
「えっ?」
夢夜は、ぱちっと目を開けた。
眼前に迫った、獏の美貌。娘は目を丸くする。
「夢夜?」
獏はそのままの体制で問う。
艶めいた声色、そこへきょとんとした間抜けな娘の声が絡み合う。
「狐牡丹さんが、三拍ほど目を閉じるといいことがあると・・・」
「・・・・・・・」
獏は、ギギギ・・・と音がしそうなほどこわばった体を必死にひきはがした。
してやられた。
(あの女・・・!)
老獪(ろうかい)な侍女頭の女狐に殺意がこみ上げる。
狐牡丹は、見ているのがじれったいと強硬手段に出たのだ。
悔しいが、作戦は成功したと言えた。
たった今、強引に自覚させられた。
自分は、この娘に恋している。
一方。夢夜は、狼狽する男をじっと見上げていた。
ふとその耳が真っ赤に熟した柿のようになっているのに目を見開き、ほほ笑んだ。
(・・・意識されてない、わけじゃない、よね?)
なら、満足だ。
頑張ったかいがあったというもの。
娘はしてやったり、と喜ぶと、「では、私はこれで」とそそくさと退散する。
――が、とうぜん獏が逃がすはずもない。
肩を捕まれ、強引に背後から抱き寄せられた。
「あっ」
大きな両手は、腰を抱いてはなさない。なにより、彼の全身が熱を持っていた。あつい吐息が耳をくすぐり、夢夜はぶるりと身震いする。
「ば、獏さま・・・?」
「朝までいろとは言わない。添い寝もいらん」
「っ」
娘は、こんどは耳まで真っ赤になった。喋るたびに耳をくすぐるささやき声、今まで聞いたこともない、男を感じさせる熱量。
抱きしめて離さない両手は、もがいてもねじ伏せられふたたび抱き込められる。背に感じる胸板は痩せていると思っていたのにはるかに大きく、体格差を感じる。
獏は追い打ちをかけるように、耳に唇を寄せてあまい言の葉を吹き込む。
「ただ、私のそばにいて・・・おまえの夢をみさせてくれないか」
夢夜ははっと息を呑む。振り返り、・・・目が合った。
普段タンパクで不機嫌そうな漆黒の瞳は、想像もつかないほど熱を帯びて潤んでいた。逆光でも美しいそれはまっすぐ、ひたすらまっすぐ自分へ向けられている。
他の誰でもない。
(わたしを見ている)
鼻と鼻がこすれあい、互いの唇がふれる瞬間――・・・・・・。
「えっ?」
夢夜は、ぱちっと目を開けた。
眼前に迫った、獏の美貌。娘は目を丸くする。
「夢夜?」
獏はそのままの体制で問う。
艶めいた声色、そこへきょとんとした間抜けな娘の声が絡み合う。
「狐牡丹さんが、三拍ほど目を閉じるといいことがあると・・・」
「・・・・・・・」
獏は、ギギギ・・・と音がしそうなほどこわばった体を必死にひきはがした。
してやられた。
(あの女・・・!)
老獪(ろうかい)な侍女頭の女狐に殺意がこみ上げる。
狐牡丹は、見ているのがじれったいと強硬手段に出たのだ。
悔しいが、作戦は成功したと言えた。
たった今、強引に自覚させられた。
自分は、この娘に恋している。
一方。夢夜は、狼狽する男をじっと見上げていた。
ふとその耳が真っ赤に熟した柿のようになっているのに目を見開き、ほほ笑んだ。
(・・・意識されてない、わけじゃない、よね?)
なら、満足だ。
頑張ったかいがあったというもの。
娘はしてやったり、と喜ぶと、「では、私はこれで」とそそくさと退散する。
――が、とうぜん獏が逃がすはずもない。
肩を捕まれ、強引に背後から抱き寄せられた。
「あっ」
大きな両手は、腰を抱いてはなさない。なにより、彼の全身が熱を持っていた。あつい吐息が耳をくすぐり、夢夜はぶるりと身震いする。
「ば、獏さま・・・?」
「朝までいろとは言わない。添い寝もいらん」
「っ」
娘は、こんどは耳まで真っ赤になった。喋るたびに耳をくすぐるささやき声、今まで聞いたこともない、男を感じさせる熱量。
抱きしめて離さない両手は、もがいてもねじ伏せられふたたび抱き込められる。背に感じる胸板は痩せていると思っていたのにはるかに大きく、体格差を感じる。
獏は追い打ちをかけるように、耳に唇を寄せてあまい言の葉を吹き込む。
「ただ、私のそばにいて・・・おまえの夢をみさせてくれないか」
夢夜ははっと息を呑む。振り返り、・・・目が合った。
普段タンパクで不機嫌そうな漆黒の瞳は、想像もつかないほど熱を帯びて潤んでいた。逆光でも美しいそれはまっすぐ、ひたすらまっすぐ自分へ向けられている。
他の誰でもない。
(わたしを見ている)

