怪我を追った夢夜を、口に加えて運ぶわけにはいかない。
夢夜と獏は火喰仙人の雲に同乗させてもらい、天界へもどる。
武官たちから報告を受け、咲紀やウサギの処分を聞いた。
咲紀が蛇になったことは、夢夜には伏せておいた。
前を向いた彼女にとって、もう知る必要もないことだ。
ウサギは牢に繋がれ、加担したものも処分されるだろう。
獏は手早く大蛇を倒した事の顛末を部隊長に伝えると、事後処理を側近に任せた。はやく休ませねば、夢夜の体に悪い。
天帝の了承を得ると、獏は火喰をうながし夢幻へ向かう。
やがて、獏の屋敷へたどり着くと、三人はようやく安堵した。
屋敷の住人が、こぞって迎えに出てきた。
「旦那様!」
「お嬢様、ご無事で!?」
侍女たちは次々に慌ただしく知らせに来る。
「狐牡丹様はようやく意識を取り戻されました。お嬢様を案じておられましたよ。顔を見せてあげてくださいな」
夢夜はきゅうっと眉を寄せる。狐牡丹を危険にさらしてしまった。
「今度はわたしが看病する番ですねっ?」
夢夜は張り切る。
獏は「・・・・・・そうだな」と言葉を濁した。
まずい料理に顔をしかめる彼女の顔は容易に想像できた。泣きっ面に蜂だろうが、夢夜を許してやってほしいと思う。
「おいおい、門前で騒いでいてもしょうがねえだろ。さっさと入ろうぜ」
火喰はじれったかったらしい。侍女たちの腰を抱いて門をくぐる。
「あ、待って!」
夢夜はあとを追いかけようとし、獏に肩を抱き寄せられた。
「ばく、さま・・・?」
夢夜は顔を上げる。獏は見つめ返しながら、若干恥ずかしそうに言った。
「そなたに、言ってみたかった言葉がある」
「・・・はい?」
夢夜は首を傾げる。
獏は手を差し出した。
「おかえり、夢夜」
獏は出て行ったきり二度と戻らぬ人を、五十年も、心の何処かで待っていた。
待っている間、ずっと言いたかった。
『おかえり』という、ありきたりな言葉を。安息の幸福を。
帰って来てくれる人がいる。なんと尊いことだろう。
夢夜は息を呑み――やがてふわりと微笑んだ。
「ただいま帰りました。・・・獏さま」
夢夜は、ずっと、家がなかった。
ただいまと言える場所。愛する人が待つ場所がずっと欲しかった。
彼の手をとる。
(――ここが、我が家。わたしの、帰る場所)

