獏の夢結び

「だいじょうぶ。踊りは下手でも、おばあさまが助けて下さいます」
――譲葉の羽衣。
獏は沈黙した。
やがて絞り出すように言う。
「・・・・・・一度だけだ。それで雨がやまねば連れて帰る」
彼らしい答えだ。夢夜は苦笑し、立ち上がった。


火喰に簡単な添え木を当ててもらい、折れた腕を補強する。
洞穴の外へ出ると、土砂降りの雨に打たれた。
ふう、と夢夜は顎から水を滴らせながら深く息を吐く。
羽衣を天高く投げた。
それを合図に、舞いが始まった。
大蛇に締め上げられた全身が痛む。たどたどしい動きで、でも心を込めて夢夜は舞う。
――おばあさま。
夢夜は曇天に向かい、こころで問いかける。
(おばあさま。ごめんなさい。わたしは、おばあさまに何度も心のなかで八つ当たりした)
『お前の境遇は、祖母のせいだ。恨むのなら祖母を恨め』
幼い頃、村長から聞かされた。
母に尋ねたら、母は無言だった。
夢夜はそれが答えだと思った。祖母のせいで、奴婢になったのだと信じて疑わなかった。

――でも違った。

(おばあさまは、村や家族のために、自ら犠牲になった。知らなかった。ほんとうに、知らなかったの)
夢夜の頬を雨は容赦なく打ちつける。舞いながら、夢夜は譲葉と会話していた。
(それでも、おばあさまはわたしを救ってくれたよね。ねえ、なんで? わたしは可愛くない孫でしょう?)

なんで助けたの?
わたしは、おばあさまにとって、どんな存在?

夢夜は問う。

わたしは、おばあさまのことを、ほんとうは――・・・。

涙がこみ上げたとき。
ふたたび、あの懐かしい声がした。

『夢夜。あなたが、私のかわいい孫だからよ』

ばっくりと、曇天が裂けた。

夢夜を中心に光が指す。青空がさえわたり、暗雲が霧散していく。

打ち付けていた雨はやみ、大きな虹がしゃんっと鈴の音とともにかかった。

濁流の流れ込んでいた村の沈む湖の水面は空の青をうつしている。
清涼なそよ風は、さわと一行をかすめていった。

獏と火喰は駆け寄る。
「雨がやんだ!」
火喰はさけび、獏は静かに夢夜の隣に立つ。
「おばあさま。ありがとう・・・」
夢夜は言う。後半は声が震え、言葉にならなかった。
獏は夢夜を支え、寄り添いながら視線を虹へ移す。
(譲葉、君を忘れることはない。だが、思い出すのはこれで最後になろう)
夢夜と同じく、ここで一区切りとしよう。

火喰に急かされるまで、ふたりはいつまでも虹を眺めていた。