獏の夢結び

やがて、一刻ほど過ぎたころ。
「よお。邪魔するぜ」
幼い声がした。火喰仙人が雲に乗って現世まで降りてきたようだ。
「おたくの狐牡丹は危篤状態から脱したぜ」
「狐牡丹さんが危篤っ!?」
夢夜は涙が引っ込んだ。
ついで、屋敷に残してきた母が頭をよぎる。
察した火喰はなだめるように言った。
「ああ、安心しな。母ちゃんは俺と茶飲んでいたから無事だ。お前さんがさらわれたと聞いて、今にも天上界から飛び降りそうだったんで、狐牡丹と並んで寝かせといたぜ」
狐牡丹が怪我をしていたことは初耳だった。それに自分を案ずる母の存在も。
つらい過去から、急激に現実へ引き戻される。
(・・・わたしには、お母さんがたくさんいるのね)
無意識に譲葉の羽衣を、きつく腕に抱きしめた。

咲紀のものだとばかり思っていたそれが、まさか祖母の形見だったとは。

(おばあさま)
大蛇から護ってくれた祖母の笑顔を思い起こす。

――わたしは勘違いをしていた。

やましい気持ちで、祖母に嫉妬の目を向けていた。
(ごめんなさい。ほんとうに、ごめんなさい)
新たな涙がこみ上げてくる。


夢夜を案じながら、獏は外を見やる。
「ともかく、雨はやまねば、想像もつかない大惨事になるぞ」
仙人はうなずいた。
「水神が悪神になって死んだ。村人の骸と悪神の邪気が混ざり合い、この洞穴中に集まって、雨となって降り注いでいるんだろうな」
「手立てはないのか」
獏と火喰は思案した。
倭国は高天原が収めている。天界の出る幕はない。
ふと。火喰はぽんと手を叩いた。
「夢夜ちゃんの舞はどうだ? 天女の舞には、五穀豊穣の力がある。雨はやむかもしれねえ」
獏は即座に首をふった。
「だめだ。夢夜は怪我をしている。この体では無理だ」
「・・・いいえ。やってみます、わたし」
突然、それまで無言だった夢夜が割って入った。獏は目をむく。
「無茶を言うな。腕が折れているのだぞ。それに!」
「これで、この村へ訪れるのも最後になりましょう。だったら、この山々に、私のこれまでの生かされた感謝をささげ、区切りをつけたいのです」
夢夜はきっぱりと言った。

村人に苦しめられていても、生き残ってこられたのはこの自然のおかげ。
食料も、寝床も与えてくれたこの山々に、恩がある。

夢夜はにこりと笑った。
祖母の羽衣を抱きしめる。