咲紀はこれから、どこぞで野垂れ死ぬまで蛇でいつづけるのだろう。
森の奥へ消えていく蛇を、部隊長は吐き気をこらえながら見送った。
「雨が、やみませんね」
夢夜は言う。
淡々とした声色だった。
大蛇の死んだ巣穴は静かだ。夢夜は洞穴の入口付近に腰を下ろし、ぼうっと外を眺めていた。
覇気のない顔をしていた。
折れた腕はきしりと痛む。
眼前には、かつての地獄であり、ふるさとが水没している。土砂崩れはひっきりなしに轟音を立て湖へ流れ込んでいた。
・・・・・むなしい。
もろもろの感情は、頭をぐしゃぐしゃにしている。
でも、ちらかった思考の中で、心は妙に穏やかで。静雨がしずかに降り注いでいるような感覚だった。
「他者の心配をしている場合か!」
獏は見かねて一括した。
腕が折れているのに。自分を苦しめた村に同情しているのか、と。
夢夜は、はにかんだ。
「村は、もういいのです。・・・遅かれ早かれ、いずれ、こうなっていたでしょう」
さあっと風がふく。顔を濡らす冷たい雨は、涙をうまく隠してくれた。
――村人を許したことは一度もなかった。
刻まれた痛みの記憶。恨みはくすぶり続け、生涯心身に残った傷は消えないだろう。
だが、彼らは死んだ。
もう、いないのだ。怒りをぶつけるべき相手は、無惨な死を迎えた。
これ以上、村人を憎むことに意味はない。
――だから。
だからこそ、涙があふれてとまらない。
「夢夜・・・?」
獏はその頬を、そっと手を添えた。
彼にはわかる。
夢夜は、こころで泣いている。助けてと叫んでいる。
「う」
ついに涙は堰を切ったように溢れ出した。
獏は夢夜をそっと抱き寄せた。
夢夜は顔をくしゃくしゃにゆがめ、泣き叫ぶ。
この恨みの矛先は誰に向ければいい?
この行き場のない怒りは、誰にぶつければいい?
彼らは自分たち親子に、最後まで謝罪をすることも、弁明することもなかった。
謝罪程度で許せるはずもない。
でも。
あっけなさすぎるではないか。
やりきれないにも程があるではないか!
夢夜は獏にしがみつく。
彼のたくましい腕、匂いで満たして。
わたしの記憶から過去を消してよと、腹の底から泣き叫ぶ。
獏は何も言わない。言えない。ひたすら寄り添い続けた。
ふわり、ふわりと口づけをまぶたに落とす。
涙を唇ですくう。
悪夢を洗い流すように、雨音が響き渡っていた。
森の奥へ消えていく蛇を、部隊長は吐き気をこらえながら見送った。
「雨が、やみませんね」
夢夜は言う。
淡々とした声色だった。
大蛇の死んだ巣穴は静かだ。夢夜は洞穴の入口付近に腰を下ろし、ぼうっと外を眺めていた。
覇気のない顔をしていた。
折れた腕はきしりと痛む。
眼前には、かつての地獄であり、ふるさとが水没している。土砂崩れはひっきりなしに轟音を立て湖へ流れ込んでいた。
・・・・・むなしい。
もろもろの感情は、頭をぐしゃぐしゃにしている。
でも、ちらかった思考の中で、心は妙に穏やかで。静雨がしずかに降り注いでいるような感覚だった。
「他者の心配をしている場合か!」
獏は見かねて一括した。
腕が折れているのに。自分を苦しめた村に同情しているのか、と。
夢夜は、はにかんだ。
「村は、もういいのです。・・・遅かれ早かれ、いずれ、こうなっていたでしょう」
さあっと風がふく。顔を濡らす冷たい雨は、涙をうまく隠してくれた。
――村人を許したことは一度もなかった。
刻まれた痛みの記憶。恨みはくすぶり続け、生涯心身に残った傷は消えないだろう。
だが、彼らは死んだ。
もう、いないのだ。怒りをぶつけるべき相手は、無惨な死を迎えた。
これ以上、村人を憎むことに意味はない。
――だから。
だからこそ、涙があふれてとまらない。
「夢夜・・・?」
獏はその頬を、そっと手を添えた。
彼にはわかる。
夢夜は、こころで泣いている。助けてと叫んでいる。
「う」
ついに涙は堰を切ったように溢れ出した。
獏は夢夜をそっと抱き寄せた。
夢夜は顔をくしゃくしゃにゆがめ、泣き叫ぶ。
この恨みの矛先は誰に向ければいい?
この行き場のない怒りは、誰にぶつければいい?
彼らは自分たち親子に、最後まで謝罪をすることも、弁明することもなかった。
謝罪程度で許せるはずもない。
でも。
あっけなさすぎるではないか。
やりきれないにも程があるではないか!
夢夜は獏にしがみつく。
彼のたくましい腕、匂いで満たして。
わたしの記憶から過去を消してよと、腹の底から泣き叫ぶ。
獏は何も言わない。言えない。ひたすら寄り添い続けた。
ふわり、ふわりと口づけをまぶたに落とす。
涙を唇ですくう。
悪夢を洗い流すように、雨音が響き渡っていた。

