咲紀はついっと顔をそらした。
「馬鹿ね、あなたたち。そんなこぎたない野ウサギなんて知らないわ。だいいち、人間のわたしが獣を使役(しえき)なんてできるわけがないじゃない」
ひらひらと両手を振る。あっさり裏切られ、切り捨てられたウサギは激しく舌打ちした。
武官は言う。
「とぼけても無駄だ。このウサギを尋問すればすべて吐くだろう。――おい。連れて行け」
部隊長の指示。包囲していた男たちは徐々に距離を縮めてくる。
じゃら、と重い鉄の拘束具をぶら下げ、武官は強固に迫る。
咲紀は震えあがった。
「や、やめてっ。冗談じゃないわ、そんな家畜みたいな扱い受けるなんてっ。まっぴらごめんよ!」
「貴様に拒否権はない。生かしてやっているだけでもありがたく思え」
しぶとく逃げ回る咲紀。男たちはしびれを切らし、その腕をつかむ。
――そのときだった。
「ぐ、あ・・・っ!?」
咲紀の右目の刻印が、ぞくりとうずいた。
右目の周りだけを覆っていたそれは、ざわりと毛羽立つ。みるみるうちに顔半分まで侵食していく。
武官たちは異変に気づいた。隊長の合図で、部下たちは咲紀から距離を取る。
(なるほど。大蛇が死んだのか)
部隊長はすべてを悟った。獏が大蛇を倒したこと。刻印を刻まれた咲紀が、大蛇が死ぬと蛇になる契約を結んでいたことも。
咲紀は契約の意味を、なにもわかっていなかった。途中で放棄できるだろうと、軽く考えていたのだ。
全身が痛い。皮膚が蛇の鱗に変わっていく。咲紀は激痛に耐えかね、絶叫しながら地面を転げ回った。
「痛い・・・、痛いぃっ!」
しなやかだった両腕が溶けいく。
骨は形を変え、背骨は恐ろしいほどまっすぐ伸びていく。
両足は一つにくっつき、同化する。
そこには、人とも蛇ともつかぬ異形(いぎょう)が転がっていた。
ついに頭が変形しはじめた。めきめきと音を立てて変形していく頭蓋骨。唇がなくなり、咲紀は声を上げることすら叶わない。割れた蛇の舌に苦しみながら涙を流す。
――やがて。
一匹の小さな蛇が、咲紀の衣の隙間からするりと首をもたげた。
蛇はきょろきょろとあたりを見渡す。唖然とする武官たちを見上げ、ついで自分の衣をしげしげと見つめた。
その様子は蛇そのもの。もはや人間だった頃の知能は残されていなかった。
蛇はちろちろと長い舌を出しながら、地を這う。