雨はやまない。大蛇を倒しても、天候は晴れず、山から見下ろす村は湖となった茶色い濁流の底に沈んでいた。壊滅的、いや、それ以上だろう。
かろうじて生き残った人間は、咲紀にそそのかされた蛇に無惨にも喰われた。もう誰も、清水村の生き残りはいなかった。
――ひとりの女を除いて。
咲紀は逃げた。
ほうほうの体で戦いのどさくさに紛れ、蛇の巣穴を抜け出す。
(自由だ。これでやっと、わたしは自由だ・・・っ!)
顔の醜い刻印は消えないにもかかわらず、咲紀は自由の喜びにひたる。思う存分笑い転げた。
両手を広げ、くるくると舞い踊る。
夢夜はあの様子では死んでいるだろう。あとは獏を誘惑し、彼に嫁ぐだけだ。
獏が助けに来たことも、大蛇を倒したことも知らない咲紀は、胸がすく快感をむさぼるように味わった。
すがすがしい。なんてすがすがしい、今日は人生最高の日だ!
曇天には稲光さえ光っているというのに、咲紀は雨に打たれながら興奮していた。
やがて、策略に利用したウサギを呼び出そうと思い至ったとき。
「――誰なのっ!?」
突如現れた鎧を着た男たちは、瞬く間に咲紀をぐるり包囲した。逃げ場はまったくない。
天界の武官たちだ。みな無精髭を生やし、手際よく女を追い詰める。
じりじりと一歩足を引けば、逃げ場はないぞと言わんばかりに剣を抜く音がする。
「大蛇が后、咲紀。罪状を認めよ」
部隊長らしき風防の男が、重い鎖の音をたててあらわれた。その鎖に繋がれ地面に這いつくばる女を見て、咲紀は密かにたじろぐ。
ウサギだ。服はところどころ裂け、唇からは血が滲んでいる。女は部隊長が取り上げた玉璽を、恨めしそうに見上げていた。
「大蛇の后よ。この女と共謀し玉璽を盗んだことは認めるか?」
「・・・・・・ふんっ」

