幻を見た。
隠れる草木もなにもない場所。そこに、ぽつんと小さな一匹の蛇がいた。
蛇は孤独だった。
どうしようもなく広い世界に、生まれてまもなく放り出されて。
周りは敵だらけ。
心休まる場所も、食べ物も眠場所もなくて。

いつもさみしくて。ひもじくて。

そんなある日。
カラスの群れに目をつけられた。
ちいさな蛇は最後を悟った。
誰にも愛されず、誰にも求められず、自分は死んでいくのだと。
そのとき、優しい声がした。
「あなた、どうしたの?」
カラスの群れは逃げていく。襲われるところを、手にすくって助けてくれた天女は、銀の髪をしていた。
彼女の手はとても暖かかい。
この世のどこよりも、安心できる気がした。
(あ、ありがとう)
彼女に、お礼を言いたかった。伝えたかったのに。まだ言葉を許されなかった蛇は、安全な場所にそっと置かれたあと、追いつくことが叶わなかった。
蛇は天女に恋をした。
君のそばにいさせて。またそのあたたかい手でワタシを撫でて。
蛇は寂しくても、生き延びた。
もっと、もっと大きくなって。
もっと力をつけて。
そうして、君をどうどうと迎えに行ける大きな蛇になる。

だが、現実は残酷だった。
時がたつに連れ、大きくなるに連れ、なぜだか感情はどんどん薄らいでいった。
残るのは空腹と、狩猟本能のみ。

――ああ、思い出した。
ワタシは。
譲葉を食べたかったわけじゃなかった。
あのあたたかい手に、もう一度抱いてほしくて。
だから、巣穴に彼女を呼んだのに。

老いた蛇は、遠い記憶を掘り起こす。
もう忘れたと思っていた。
ワタシはただの蛇だ。水神などとりっぱなものではない。大きかったばかりに神格化された。
また、ただの蛇に戻れるのなら。願わくは、もういちど彼女に抱かれたい。
でも。
『ワタシはキミを食べてしまった』


ほろり。蛇のつぶらな瞳から涙がこぼれた。
取り返しのつかない蛮行。彼女のぬくもりは二度と、戻らない。


気づけば、蛇は美しい草原で穏やかな大河を見ていた。
川の水は透明で、澄んでいて、とても綺麗な水だ。きらきらと太陽に反射し、空の青を映して、穏やかに流れている。
大蛇は、その川岸の草むらにぽつんと立っていた。いや、草むらと言うより、彼岸花の群生地のようだ。足元には、血のように赤々とした花びらが咲き乱れている。