緩んだ拘束。夢夜は肺の圧迫から開放された。しかし身動きが取れない。
折れた腕にはうまく力が入らない。
そうしているうちに体を支えていた蛇の胴はうごめき、軽い体はふらりと地面へ落下する。
「夢夜っ!!」
獏は滑り込むように、すばやく彼女を受け止めた。
「ばく、さま? なぜここへ?」
傷つき、血の匂いすらただよわせる細い体を、獏は抱きしめた。
「言っただろう。どこへいても見つけると」
夢夜が笑う気配がする。その呼吸、弱々しいながらも頬へ伸ばされる手は愛おしく、彼女が生きている実感が湧いてくる。
獏はほぅ・・・っと息を長く吐いた。
ふと、夢夜が何かを握りしめているのを見つける。見覚えのあるものだった。
――これは。
「譲葉の、羽衣・・・・・・?」
瞬間、獏ははっと後ろを振り返った。
無我夢中で気づかなかった。譲葉の螢火は、いまだ洞穴をさまよっていた。
獏は息を呑む。
――目が合った気がした。
螢火になった譲葉は、ふわり、笑った。

満足したように、ホタルの光はふっと消えた。


「ばくさま、危ない!」
夢夜は獏を突き飛ばした。
大蛇の尾が鞭のようにしなって振り下ろされたのだ。獏と夢夜は、すんでのところでそれを避ける。
さすが、腐っても神だ。簡単には死なない。
(ヤマタノオロチは首を切り落として退治したという。やはり狙うべきは首か?)
獏は一旦下がると、離れた場所に夢夜を座らせた。
彼女の腕は完全に折れていた。だが今は、添え木する暇もない。
夢夜を苦しめた現況の咲紀は、騒ぎに乗じて密かに逃げ出したようだ。姿が見当たらない。
大蛇は、錯乱していた。
『ユズリハ、どこだ。戻ってこい、ユズリハ!』
轟音は洞穴中を駆け巡り、揺さぶる。鼓膜が破れそうだ。耳をふさぎたい夢夜だったが、あいにく片手である。
いっぽう、譲葉の幻を見ても、獏は取り乱さなかった。
獏は袖から自分の糸を取り出した。夢夜に着せた衣と同じ白い糸。
彼は宙へ飛ぶと、のたうつ蛇の尾をかいくぐり、大蛇の首へ器用に糸を巻きつける。手綱を締めるように、ぐっと引き寄せた。

「私と縁をつなぐとどうなるか、教えてやる!!」


糸はぼうっと淡い光を宿す。その光を見つめるうち、大蛇は意識が遠のいていく。