「大蛇様は私がふだんから身につけていたこの譲葉の羽衣の匂いで、譲葉と勘違いしたわ。つまり、最初から生贄は譲葉の孫のあなただったのよ! あなたが嫁いでいれば、すべてまるく収まったの。だれも死なずにすんだわ。・・・みて? 私の顔」
咲紀は、右目の鱗を指でなぞる。
「これは大蛇の妻となったあかし。刻印であり、生涯消えることのない醜い痣」
咲紀はいきなり、夢夜を蹴り倒した。
「うっ!」
夢夜は地面に叩きつけられる。咲紀は容赦なくその顔を鞭で殴り、腹を蹴り上げた。
「おまえが、お前ごときが私の顔を汚すなんて!!」
夢夜は胃に足がめり込む衝撃に耐えかね、胃酸の混じった唾液を吐いた。朦朧とする頭。かすむ視界の先に広がる死体の山の地獄絵図を、見つめる。
蛇は満腹になると、丸呑みすらせずに獲物を傷つけもてあそんだようだ。死体のむき出しの背にはしっぽを叩きつけられたであろう鱗の形の痣がのこっている。
(おばあさまは、こんなところで死んだの・・・?)
目頭があつい。鼻の奥がつんとうずく。
胸の奥の奥、深いところで、マグマのようなすさまじい熱が沸騰するのを感じる。
刹那。夢夜は咲紀の鞭と繰り出される強烈な足を同時に受け止めた。
「なにっ!?」
咲紀はたじろぐ。
されるがままだと信じ切っていた夢夜が、はじめて抵抗を見せた。
夢夜は低く、獣が唸るように、吐き出すように言う。
「・・・わたしはずっと我慢してきた。わたしだって忘れたわけじゃない・・・! お母さんを苦しめてきたあなた達を、許したことなんて一度もない!!」
口から血を流し、初めて夢夜は真っ向から咲紀を睨みつけた。

なに、この目は・・・!

咲紀はゾクッと背筋を冷たいものが流れた。
夢夜は暗い洞穴の中で目がランランと光っているように見えた。虎のように獰猛な唸り声。夢夜の殺意は今、自分に向けられている!
「わたしに逆らうのか、奴隷が!!」
咲紀はなりふり構わず鞭を振るった。もはや攻撃のためではない。防衛のためだ。
自分の首をめがけ襲いかかる獣へのおびえが、焦った行動をとらせる。
結果的に、咲紀の本能は正しかった。
夢夜は赤子の手をひねるごとくあっさりと鞭を受け止め、背後へ放り捨てる。体制を崩した咲紀の右頬めがけ、重い拳を叩き込んだ。
はずみで咲紀は硬い岩場に腰を打ち付けた。夢夜は追い打ちをかけるように、もう一発拳をおみまいする。