せまい馬車に揺られながら、夢夜は言う。
「ずいぶん遠いところに、獏様はおられるのですねぇ」
獏は桃源郷に向かったと聞いていた。何度か行ったことがあるからわかるが、もう到着してもいい頃合いだ。
(それになんだか、いつもと違う道を走っているみたい)
真っ暗な道だ。
一寸の光すらも差し込まない、墨汁の中にいるよう。
「お気をつけください。この馬車から降りるのはもちろん、窓から少しでも顔を出せば、瘴気にあてられ死んでしまいますよ」
「ええと」
夢夜は、震えた。ウサギは底光りする瞳でこちらを見ていた。
「それにしても。夢夜様は苦労なさいますね」
「・・・なんのこと?」
夢夜はぎゅっと獏の袍を握りしめた。嫌な味のつばがこみ上げ、こめかみからはたらりと脂汗が流れた。
ウサギはせせら笑うように告げる。
「せっかく生贄の替え玉からのがれたのに。性悪女に根に持たれたところ、ですよ」
夢夜はハッとした。同時に、嫌な予感が的中する。
「なぜ、わたしが〈替え玉〉だったと知っているの?」
屋敷では〈生贄から逃れた〉としか言っていない。替え玉にされた事情まで深く知るものは狐牡丹くらいだ。
「咲紀どのから聞きました」
さらりとでた名前に、夢夜はゾクッと肌が泡立った。
――逃げなければ。

