狐牡丹はぎょっとした。獏とカマキリ。顔かたちも似ていない。
「つつくと応戦してくるところ・・・」
「それは同意しますわ」
狐牡丹はうなずいた。獏は冷徹な仮面を貼り付けているが、そのじつ負けず嫌いだ。
ちょっと小突けば、すかさず倍にして返される。
夢夜はカマキリと遊ぶのに飽きて、ぼんやりと青空を見上げた。
獏がいないと、ひまだ。
世話を焼く相手はいないし、屋敷のことはみんな侍女たちがやってしまう。
すると、「狐牡丹様。ちょっと・・・」と呼ぶ声が。
屋敷で掃除をしていた侍女だ。手に、文を持っている。
夢夜と狐牡丹は顔を見合わせた。
「何事かあったのでしょうか? お手紙のように見えますけど」
「旦那様と行き違いになってしまったのでしょうか。わたくしが受け取りますから、お嬢様はここにいてください」
狐牡丹はカマキリを捕まえると、夢夜の両手にのせ、「お相手お願いしますよ」と律儀に虫に告げる。せわしなく屋敷へ消えていった。
「どうしたの」
狐牡丹は怪訝な顔で尋ねる。内密の書状だろうか。侍女は問われてもほほ笑むだけだ。何も言わずに、庭の奥へ奥へと侍女頭をうながした。生い茂る薄暗い木陰に差し掛かったとき、ふと、狐牡丹の視線は眼前の侍女の右手へうつった。つるりとすべらか、白い手をしている。
(・・・そういえばこの子、たしか)
――三日前、右手に火傷を負って療養しているはず。
狐牡丹はぞっとした。足が止まる。
これ以上ついていってはいけない。
「あなたはだれなのっ!?」
うめく暇もなかった。
小刀で、侍女は年老いの狐の心臓を一突きにした。
崩れ落ちるように傾く体。どさりと倒れた彼女の左胸からは出血が止まらない。
それを無表情で見下ろす女は、頬に返り血を浴びていた。
「あたしはただの、ウサギですよ」
ゆらり、擬態した体が漆黒の霧に包まれる。次にあらわれた顔は、宴の席で天帝の側仕えのウサギだった。
「狐牡丹様、どこへ行ったのかしら」
夢夜はカマキリを逃すと、草むらにごろりと横になった。
狐牡丹がいなくなってから、時間がたっている。
目を閉じ、眩しい日差しをしのいでいると、ふと眼前を暗い影が覆った。
誰か覗き込んでいるようだ。夢夜は目を開けた。
案の定、どこかで見覚えのある女性が、顔に薄っぺらい笑みを貼り付けて、たったまま器用に腰を折って覗き込んでいた。
「つつくと応戦してくるところ・・・」
「それは同意しますわ」
狐牡丹はうなずいた。獏は冷徹な仮面を貼り付けているが、そのじつ負けず嫌いだ。
ちょっと小突けば、すかさず倍にして返される。
夢夜はカマキリと遊ぶのに飽きて、ぼんやりと青空を見上げた。
獏がいないと、ひまだ。
世話を焼く相手はいないし、屋敷のことはみんな侍女たちがやってしまう。
すると、「狐牡丹様。ちょっと・・・」と呼ぶ声が。
屋敷で掃除をしていた侍女だ。手に、文を持っている。
夢夜と狐牡丹は顔を見合わせた。
「何事かあったのでしょうか? お手紙のように見えますけど」
「旦那様と行き違いになってしまったのでしょうか。わたくしが受け取りますから、お嬢様はここにいてください」
狐牡丹はカマキリを捕まえると、夢夜の両手にのせ、「お相手お願いしますよ」と律儀に虫に告げる。せわしなく屋敷へ消えていった。
「どうしたの」
狐牡丹は怪訝な顔で尋ねる。内密の書状だろうか。侍女は問われてもほほ笑むだけだ。何も言わずに、庭の奥へ奥へと侍女頭をうながした。生い茂る薄暗い木陰に差し掛かったとき、ふと、狐牡丹の視線は眼前の侍女の右手へうつった。つるりとすべらか、白い手をしている。
(・・・そういえばこの子、たしか)
――三日前、右手に火傷を負って療養しているはず。
狐牡丹はぞっとした。足が止まる。
これ以上ついていってはいけない。
「あなたはだれなのっ!?」
うめく暇もなかった。
小刀で、侍女は年老いの狐の心臓を一突きにした。
崩れ落ちるように傾く体。どさりと倒れた彼女の左胸からは出血が止まらない。
それを無表情で見下ろす女は、頬に返り血を浴びていた。
「あたしはただの、ウサギですよ」
ゆらり、擬態した体が漆黒の霧に包まれる。次にあらわれた顔は、宴の席で天帝の側仕えのウサギだった。
「狐牡丹様、どこへ行ったのかしら」
夢夜はカマキリを逃すと、草むらにごろりと横になった。
狐牡丹がいなくなってから、時間がたっている。
目を閉じ、眩しい日差しをしのいでいると、ふと眼前を暗い影が覆った。
誰か覗き込んでいるようだ。夢夜は目を開けた。
案の定、どこかで見覚えのある女性が、顔に薄っぺらい笑みを貼り付けて、たったまま器用に腰を折って覗き込んでいた。

