当然のことながら高級料理に母は動揺した。質問攻めにしてきたが、今は答えてやれるほどの気力もない。
娘はそのまま、無視して寝転がった。
背中が痛む。
血の味のするつばを飲み下す。
夜空に広がる満天の星。
娘は手を伸ばし、星をつかもうとして、・・・あきらめた。
この村を出ることは容易だ。だが、一歩外へ出れば、待ち受けているのは広大な大自然と野獣の群れ。病の母と生き抜くことなど、まず不可能だ。
娘は思う。
この暴力だらけの世界を生き抜きたいなら。生きていたいと思うのなら。
わたしは情けない自分であろうと愛しぬく。
頭を下げるしかない愚かさも。
泣き出したいほど汚れた格好も。
従順な振りのほほえみさえも。
わたしはわたしのすべてを愛すのだ。
だいじょうぶ。わたしはなにも悲しくない。
だいじょうぶ。足ることを知れば、辛いものなどない。
だいじょうぶ。わたしは誰かの愛など請わなくても自分を満たすことができるから。
なのに、どうして?
目が霞(かす)む。
こぼれた涙の理由がわからない。
ぐちゃぐちゃの心は、もはや解読が不可能なほど血まみれだった。
やがて日が昇り、苦渋に満ちた一日はあっという間に過ぎてゆく。
また夜がおとずれた。
娘の足は、昨日の泉へ――あの獏という男のいる泉へ向かっていた。途中、獣の群れが後をつけてきたが、娘は恐れることなくきっぱりと言い放った。
「喰いたいなら喰えばいい。血も肉もない、私の体がほしいのなら」
ぐるる、と喉をうならせるが、狼は襲ってくる様子はなかった。
森を通過し、開けた場所――湧き水のこんこんと湧き出る泉へ出た。
「今日はいない、か」
娘はつぶやいた。
あの獏という男は、今夜はいなかった。
はっきりと再会を約束したわけではなかった。・・・それなら、それでもいい。すこしだけ胸の中に隙間風(すきまかぜ)が空いたけれど。すぐに慣れる。
娘は泉の中へするりと足を滑り込ませた。
ひんやりとして気持ちがいい。痛んだ傷口に少ししみたが、湧き水はそれでさえ和らぐようなやさしい温度だった。
ばしゃりと顔の傷を洗う。
こんなに大量の水で体を洗うのは久しぶりだ。
誰も居ないことを確認し、服の紐(ひも)に手をかけた。一枚布はあっという間に体を滑り落ちる。
娘は服を草むらへ放ると、思い切り頭まで水に浸かった。
思ったより水深がある。
娘はそのまま、無視して寝転がった。
背中が痛む。
血の味のするつばを飲み下す。
夜空に広がる満天の星。
娘は手を伸ばし、星をつかもうとして、・・・あきらめた。
この村を出ることは容易だ。だが、一歩外へ出れば、待ち受けているのは広大な大自然と野獣の群れ。病の母と生き抜くことなど、まず不可能だ。
娘は思う。
この暴力だらけの世界を生き抜きたいなら。生きていたいと思うのなら。
わたしは情けない自分であろうと愛しぬく。
頭を下げるしかない愚かさも。
泣き出したいほど汚れた格好も。
従順な振りのほほえみさえも。
わたしはわたしのすべてを愛すのだ。
だいじょうぶ。わたしはなにも悲しくない。
だいじょうぶ。足ることを知れば、辛いものなどない。
だいじょうぶ。わたしは誰かの愛など請わなくても自分を満たすことができるから。
なのに、どうして?
目が霞(かす)む。
こぼれた涙の理由がわからない。
ぐちゃぐちゃの心は、もはや解読が不可能なほど血まみれだった。
やがて日が昇り、苦渋に満ちた一日はあっという間に過ぎてゆく。
また夜がおとずれた。
娘の足は、昨日の泉へ――あの獏という男のいる泉へ向かっていた。途中、獣の群れが後をつけてきたが、娘は恐れることなくきっぱりと言い放った。
「喰いたいなら喰えばいい。血も肉もない、私の体がほしいのなら」
ぐるる、と喉をうならせるが、狼は襲ってくる様子はなかった。
森を通過し、開けた場所――湧き水のこんこんと湧き出る泉へ出た。
「今日はいない、か」
娘はつぶやいた。
あの獏という男は、今夜はいなかった。
はっきりと再会を約束したわけではなかった。・・・それなら、それでもいい。すこしだけ胸の中に隙間風(すきまかぜ)が空いたけれど。すぐに慣れる。
娘は泉の中へするりと足を滑り込ませた。
ひんやりとして気持ちがいい。痛んだ傷口に少ししみたが、湧き水はそれでさえ和らぐようなやさしい温度だった。
ばしゃりと顔の傷を洗う。
こんなに大量の水で体を洗うのは久しぶりだ。
誰も居ないことを確認し、服の紐(ひも)に手をかけた。一枚布はあっという間に体を滑り落ちる。
娘は服を草むらへ放ると、思い切り頭まで水に浸かった。
思ったより水深がある。

