「レムルス帝国があたしたちの国に侵攻するつもりですって!?」
コニアからの報告を聞いて表情を険しくさせるレギナ。
キングデザートと相対した時のような……いや、それ以上の殺気を振り撒いている。
愛国心が強い彼女だからこそ、帝国の動きに許せないものがあるのだろう。
そんな中、隣にいるライオネルはレギナの頭にポンと手を置いた。
「落ち着け、レギナ。王女たるものみだりに取り乱すべきではない。上の者が取り乱せば、他の者にも不安が広がってしまう」
「ご、ごめんなさい」
チラリとこちらに視線を向けるライオネルの意図に気付いたのか、レギナがハッと我に返って謝った。
さすがは獣王だ。こんな緊急な報告を入ったというのに非常に落ち着いている。
王だけあって、こういった緊急事態の対処にも慣れているのだろう。
「詳細については今からコニアが説明してくれる。だろう?」
「はい。情報源につきましては帝国に出入りをしているうちの従業員からの報告なのです」
「侵略を前によく獣人族の出入りが許されましたね?」
メルシアが疑問を投げかける。
仮にもこれから侵攻する敵国の種族だ。
いくら帝国といえど、この時期に獣人の商人の出入りには警戒しているので情報を掴んでくるのは難しいのではないか。
「その従業員さんは人間族と獣人族のハーフなので」
「なるほど。獣人族の特徴の薄い方でしたら紛れ込むことも可能ですね」
大国であるからこそ、どうしてもひとつひとつの検問は緩くなってしまう。人間族と変わらないほどの容姿であれば見分けることは難しいだろう。
ワンダフル商会は国内だけでなく、国内外にも根を張っているようだ。
「……ふむ、それだけではうちへの侵略へと断定するには薄いな」
「父さん! コニアが貴重な情報を持ち帰ってくれたのになに悠長なことを言ってるの!?」
「国軍を動かすには明確な大義名分がいるのだ。迂闊に軍を動かせば、無為に周辺諸国を警戒させることになる」
貴重な情報を持ち帰ってくれた手前言いづらいが、王として本格的に動くには足りないのだろう。
「気になって調べてみたところ帝国のお抱え商人が周辺から大量に穀物や鉄製品、魔石などの買い上げをしており、貴族たちが領地から兵力を動員している動きも確認できたのです」
通常ならそういったケースでは内乱といったケースも考えられるが、帝国の場合は侵略を繰り返して領土を拡大してきた歴史がある。
内乱ではないかと楽観的に構えるよりかは、侵略への動きだと疑って準備する方がいいだろう。
「そこまでの大きな動きとなると間違いなく侵略だな! すぐにケビンを呼べ!」
「はっ」
コニアの報告に先ほどまで慎重な態度を見せていたライオネルが、嬉々として部下に指示を飛ばした。
あまりの変わりように俺とメルシアは目を白黒とさせてしまう。
「こうまで慎重にしないとケビンをはじめとする部下が怒るのだ。断定できない状況で勝手に動くなと」
妙に慎重な態度だと思ったら、過去にやらかしたことからの反省だったらしい。
こっちの方がいつものライオネルらしくて安心するな。
「一つ気になるとすれば、どうして俺の国なのかだな……」
「急にあたしたちの国を狙ってきた理由がわからないわね」
確かにライオネルの言う通りだ。
帝国と隣接している国は、獣王国以外にもある。
その中で獣王国が侵略の対象として選ばれた理由がわからない。
帝国が獣王国を侵略しようとする理由を考えてみる。
帝国は慢性的な食料不足を抱えていた。
そんな時、帝国近くの獣王国の辺境に大農園ができた。
その大農園は獣王国をも襲った飢饉を賄えるほどの肥沃な食料の生産地だ。
帝国ならば、その肥沃な土地となったプルメニア村を奪おうと考えるのも無理はない。
むしろ、自然とくる。帝国にいたからこそわかる。
「イサギ様!」
メルシアも俺と同じ思考に至ったらしい。血相を変えてこちらに視線をやる。
「なにか理由が思い当たるのか?」
「もしかすると、俺の作った大農園が狙いかもしれません」
「イサギの作った大農園? そうか! 帝国の奴等はプルメニア村にある大農園を手に入れることで国内の食料事情を改善しようとしているのか!」
彼も今回の飢饉には大きく悩まされ、周辺国の情報は常に仕入れており、大農園の重要性を認知していた。だからこそ、俺の一言を聞いて、ライオネルも同じ結論へと至ってくれたようだ。
「ということは、俺が大農園を作ったせい?」
俺がメルシアの故郷で農園なんてものを作ったから帝国の標的にされてしまった。
俺が帝国から追い出されて余計なことをしなければ、獣王国の人たちは今も平和な暮らしを……。
「そんなことはありません!」
などといった思考を巡らせていると、傍にいたメルシアが声を大にして言った。
落ち着いたメルシアの言葉とは思えないほどの声量だった。
「イサギ様が大農園を作ってくれなければ、私たちは明日に怯えながら生活をし、緩やかな滅びへと向かっていました。それを救ってくださったのはイサギ様です! イサギ様のお陰でプルメニア村には希望の光が灯り、笑顔で満ち溢れました。だから、イサギ様がご自身を責めないでください!」
「……メルシア」
涙を流しながら訴えるメルシアに俺は驚く。
「耳が痛い話だな。俺がもっと国内の隅々まで力を行き渡らせることができれば、そんなことにもならなかったのだがな。プルメニア村だけでなく、イサギの大農園のお陰で多くの国民が救われた。どうかその行いを忘れないでほしい」
「そうよ! ティーゼたちの集落もイサギの錬金術のお陰で生活が豊かになって喜んでいたじゃない! それを忘れないでよ!」
「ライオネル様、レギナ……」
三人が言ってくれたように俺たちが作り上げた大農園は、たくさんの美味しい食材を作り出し、多くの人を笑顔にしてきた。
その事実を忘れることはメルシアをはじめとする救われた人にとっても傷つくものだ。
「そうだったね。ありがとう、メルシア。ライオネル様、レギナ」
だから、卑屈な思考をするのはやめよう。
皆の笑顔や感謝に恥じない行動ができたと堂々と胸を張っていくんだ。
「にしても、イサギの大農園はすごいけど、あたしたちの国も大国よ? 大国に正面から喧嘩を売ってまで手に入れようとするものかしら?」
「帝国なら間違いなくするよ」
「私もイサギ様の意見に同意します」
「えぇ……」
俺とメルシアが即答すると、レギナが驚く。
「レギナ、お前はまだ若いからわからぬかもしれないが、レムルス帝国とはそういう国なのだ」
厳かな口調でそう告げるライオネルの言葉には決めつけではなく、経験を元にした深い含蓄があるようだった。
「なんかうちの国がすみません」
「イサギが謝る必要はない。まったく、あの国はいつになったら落ち着くのやら」
帝国は大国相手には控え目ではあるが、ちょっかいをかけ続けていた。
今さら帝国に愛国心はないが、自分が生まれ育った国だけあって申し訳ない気持ちで一杯だ。